優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

シホンとジュニ ②

12月になり、冬も本格的になってきた。


「ねぇ、ジュニ、クリスマスの予定は?
何か決めてあるの?」

と友人に尋ねられた。


「クリスマス?

バイトもかき入れ時だし、
課題もあるから、特に予定はないわよ。

バイトと勉強。」

 

「え~、クリスマスだよ?
パーティーとか行かないわけ?
『命短し、恋せよ乙女』だよ。」

 

「彼氏も居ないし、
奨学金のために
勉強も頑張らねばならないし、ね。」

 

そういえば、
シホンさんは、
クリスマスはどうするんだろう?
とジュニは、ふと思った。

 

実は敬虔なクリスチャンで、
お祭り騒ぎなんかせずに、
教会に礼拝に行かれたりするのかなぁ、
なんて考えてみた。

 

結局、あれから連絡は取っていない。

 

そして、クリスマスの当日。

この所、バイトも頑張ったし、
この前の課題の評価も良かったので、
午前中は図書館で課題をこなして、


バイトは17時からだから、
その前にこの間のカフェに寄って、
頑張った自分に
プチご褒美をすることにした。

 

ところが、思いの外課題に時間を取られ、
図書館を出たのは15時を過ぎてしまった。


でも、せっかくのクリスマスだから、
気分だけでも味わおうと
カフェには行くことにした。


カランと音を立ててドアを開けて
「こんにちは、マスター。」と挨拶した。


「やぁ、いらっしゃい。…」


「ハン・ジュニです。先日は、どうも。」


「今日は、独り?」


「はい、この後バイトなんです。」


「クリスマスなのに?」

 

「クリスマスだから、忙しいんですよ。
飲食店でバイトしているもので。
今日はかき入れ時なんです。
その前にちょっと
一服させていただこうと思って

来ました。」


「そう。
奥の窓際の席が空いてるからどうぞ。」


「ありがとうございます。
本日のケーキセット、
飲み物、紅茶でお願いします。」


「畏まりました。お待ち下さい。」


ジュニは席について本を開いた。
少しして、ケーキセットが運ばれてきた。

「ごゆっくりどうぞ。」
と店員が置いていった。

 

ジュニは、
本を読み出すと集中する癖がある。

奥の席のこともあって、
人の出入りは聞こえていたが、
意識には登らなかった。

 

30分ほど経って、
そろそろバイトに行かないと、
と思い始めた頃、
ひとりのお客が来店した。

 

「やぁ、シホン。
今日は、珍しく早いんだね。」

 

「クリスマスだからさ。

いつも、残業ばかりさせてるから、
今日くらい早く皆を帰さないとと思って。
僕がいると皆帰らないだろ?
だから、さっさと上がってきた。」


シホンと言う名前に反応して、
私は顔を上げた。


「なるほどね。


ジュニさんが来てるよ。」


シホンさんは、私を見つけてくれて、
手を振って笑顔で席の方にやって来た。


「ジュニさん、こんにちは。
相席してもいいかな?」


「どうぞ。
というか、せっかくお目にかかれたのに
残念なんですけど、
私、これからバイトで、
そろそろ行かないと行けないんです。」


「クリスマスなのに?」

 

「クリスマスだから、
今日は、忙しいんですよ。
ファミレスでバイトしているもので、

彼氏彼女がいる人は
シフトに入りたからないので、
フリーの人は稼ぎ時なんです。」

 

「そっか。残念。

じゃ、もし迷惑じゃなかったら、
迎えに行くよ。
いいかな?」

 

「でも、今日は、たぶん
12時回っちゃいますよ。」

 

「それなら、なおさら
ひとりじゃ帰るの危ないじゃないか。


時間があればやりたいことはあるから、
遅くても大丈夫だから。
ね、お店の場所教えて。」


「そうですか?

ありがとうございます。
お店は、ここです。

もし、来られなくなったりした時は、
電話番号書いてありますから、
伝言していただけば大丈夫です。」


「ジュニさんも、

もし予定が変わったら連絡してね。
僕の連絡先は、分かるよね。」


「はい、先日お名刺いただきましたから。
それじゃ、スミマセン、
お先失礼します。」
と言ってジュニは席を立った。


「ごちそうさまでした。マスター。
また、来ますね。」


「もう、帰るの?
あ、そうか、これからバイトだったね。
また、ゆっくり来て下さい。」


ジュニを見送ったマスターが、
シホンの席にやって来た。


「注文は、コーヒーで良いのかな?」

 

「うん、アメリカンのホットで。


ねぇ、マスター。
クリスマスのプレゼントって、
何が良いかな?


欲しいもの聞きそびれちゃったんだよね。」


「誰に?」

 

「ジュニさんに。」

 

「そうねぇ、
シホンからなら
何でも嬉しいんじゃないか?」


スマホで検索しながら

「やっぱり花束かなぁ。
へぇ、クリスマスローズって言うのが

あるんだ。
かわいい花だし、長持ちもする。

これ、いいかも。


あと、良い香りのするアロマキャンドルとかアロマオイルの方がいいか?」

 

アメリカンのホット、

お待たせしました。」

 

「ありがとう。ねぇ、マスター。
この花、どう?
かわいいよね。」

 

「へぇ、名前のわりに派手派手しくなくて
かわいい花だね。
いいんじゃないか?

でも、いつ渡すの?」

 

「うん、夜、バイト先に

迎えに行く約束したから、その時に。」

 

「早く友人から彼氏に昇格できるといいね。」
とマスターはウインクして行った。


まだ、友人でもいい。
少しずつ僕のことを分かって貰えれば…。

 

コーヒーを飲みながら、
迎えに行くまでの段取りを考えた。


軽く夕食を摂って、
花屋と雑貨店に寄って、
ジュニさん、食事もする暇がないかもしれないから、軽食も用意した方がいいか。

サンドイッチ?パン屋にも寄るかな…


段取りが決まったところで、
カフェを出た。


軽く夕食を済ませ、
プレゼントを買うと
教えられたファミレスに向かった。


着いたときはまだ23時少し前だった。

ピークは過ぎたようで、
店内には空席もあるようだ。


働いている姿も見たいと店内に入ろうとして、その前に従業員の出入り口を確認しようと店の裏手に回った。


すると、男女の話す声が聞こえた。


「やっぱり救急車を呼んだ方が良いんじゃないか?
タクシーじゃ、病院を探せないだろう?」


「帰って寝れば大丈夫ですから。」


「ジュニさん、具合悪いの?

あ、私ハンジュニさんの友人で、
こういう者です。」と名刺を渡した。

 

「迎えに来る約束をしていて、
少し予定より早く着いたんですけど。」


「そうでしたか。
私は、店長のチェと言います。

休憩中に目眩を起こして、
タクシーで家に帰ると言うので、
救急車を呼んだ方が良いんじゃと
話していたところです。」


「後は、私が付き添いますから、
救急車を呼んで下さい。

 

救急車が来るまで、
彼女が休める場所はありますか?」

 

「中にご案内します。」


ジュニを寝かせ
「救急車を誘導するから、
ここで待ってて。」と言って外へ出た。


10分ほどで救急車が来た。


「付き添いの方は、ご家族ですか?」

 

「いえ、友人です。

迎えに来たところ、
目眩を起こしたと聞いて。」


「分かりました。
では、同乗願います。」

 

救急隊員は、熱や血圧脈拍などを
テキパキと計測していく。


ジュニの手に触れると冷たかった。

「寒くない?」「少し…」

 

「スミマセン、
毛布をもう一枚足していただけますか?
寒いみたいなんで。」


貧血も起こしているのか、
顔色が悪かった。
呼吸も苦しそうだ。

20分ほどで病院に着いた。

 

車内で測った熱や血圧、酸素濃度などの
データを救急隊員が当直医に伝えている。

 

「分かりました。お疲れさまです。


付き添いの方は?
ご家族ですか?」

 

「いえ、友人のナム・シホンと言います。

今日は、バイトが遅くなるというので、
早めに迎えに行ったのですが、
途中で目眩を起こしたとかで。
救急車を呼んでもらいました。」


「ハン・ジュニさん、
お話出来ますか?」


「は…い。」


「今、何処が一番つらいですか?
まだ、 目眩がしますか?」


「目眩よりも、呼吸が苦しくて、
身体があちこち痛いです。」


「目は開けられますか?」


「開けられますけど、
閉じていた方が楽です。」

 

「血圧が低いんですが、
普段から低血圧ですか?」


「いえ、血圧が低いと言われたことはありません。」


「急に目眩がしたのですか?」


「仕事中、トイレに行ったら、
急に吐き気がして、
吐いてはいないんですが、
それから動悸がして、
呼吸が苦しくなって
目眩がして動けなくなって…」


「恐らく、過労とストレスから来る
急激な血圧低下で、動悸・過呼吸などの
パニック発作的なものが起きたと思われます。

脱水症状もややあるので、
水分とビタミンを補給して、
その後弱い安定剤の点滴をすれば落ちつくと思います。

普段から低血圧ではないと言うことなので、できれば2,3日経過観察しながら、

血液検査、腹部エコー検査などをされた方が良いかと思いますが、どうされますか?」

 

「大学でも健康診断はしてるだろうけど、
細かい検査はないだろう?
この際、調べて貰った方が良い。
お金のことは、心配しないで良いから。
いいね。」

 

「はい。」


「先生、それでは必要な検査をお願いします。」


「明日もう一度おいでいただけますか?
事務方がもういないので、
入院の手続きなどしていただきたきのですが。」


「朝は9時からですか?」


「受付は、8:30からやっています。
書類は回しておきますので。」


「分かりました。」


そして、看護師がやって来て、
点滴の処置をして、

「今夜はこの処置室で休んでいただきます。モニターを付けてありますし、
必ずひとりは看護師がおりますので、
具合が悪くなったときやトイレの時は
ナースコールを押して下さい。」


「もう少し落ち着くまで、
側にいてもいいでしょうか?」


「はい、お帰りになる時
看護師に声をかけて下さい。」


「ありがとうございます。」


「スミマセン、シホンさん。
ご迷惑をおかけしてしまって。」


「そんな事、気にしないで。
早めに行って良かったよ。


あのまま家に帰ってたら、大変だった。
家も連絡先も聞いてなかったから、
途中で倒れてたらと思うとぞっとするよ。

眠るまでいるから、安心して休んで。」


「はい。」


ジュニは、シホンとの壁を
少し低くしたようだった。