優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

シホンとジュニ ④

その日の夜

夕食も終えて、

歯磨き・洗面も済ませて、
後は寝るばかり。

 

夕食は残さず食べられたからか、
体力もだいぶ戻ってきて、
自分で車椅子に移動して、
独りでトイレにも

行かれるようになった。

 

キムさんに、
「談話室に行って来ます。」と言って、
携帯を持って病室を出た。

「もしもし、シホンさん?

ジュニです。
今お話しして大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫。
自分で談話室まで

行けるようになったの?」

 

「ええ。
少しずつ体力が戻ってきたみたい。
自分で車椅子に

移動出来るようになったから。」

 

「良かった。先生から検査結果聞いた?」

 

「明日の回診の時、お話があるみたい。」

 

「そうなんだ。」

 

「シホンさん、あのね…」

 

「うん?なに…?」

 

「シホンさんが帰った後少し眠って、
目が覚めてから考えてみたの。

私らしくなかったなって。」

 

「どういうことかな?」

 

「一度くらい失敗したからって、
人を好きになることに

臆病になるなんて、
私らしくないと思ったの。

 

それはきっと、シホンさんに

嫌われたくなかったから

なんだと思うけど、

そんな私は、
小学生のジュニに笑われるなと思った。


まぁ、あの頃は怖いもの知らずだったから、名前を覚えてね、

なんて言えたんだろうだけど。」

 

「それは、

僕と付き合ってくれるということ?」

 

「はい。
“いつまでも待ってる”

なんて言葉に甘えて、

友だちのままでいて、

もし他の人と付き合うことにしたって

シホンさんに言われたら、
どうなんだろうって、考えたの。
冷静でいられるかって。

 

『良かったですね』って、

表面は繕っても、

ひとりになったら、きっと泣く。

 

処置室に泊まった夜、

シホンさんが側に居てくれたのが、

凄く安心出来たの。

 

先輩に二股かけられて振られたこと、
あんな女と天秤にかけられるなんて、
凄く頭にきて、

傷ついてたの、ほんとは。


しばらく悔しくて眠れなかった。
あんな男と付き合った自分が情けなくて。

 

でも、本当に会いたくて

好きだったシホンさんに会えて、

見つけてくれて、傷が癒されたと思う。」

 

「ジュニ、ありがとう。

受け入れてくれて。
今すぐ走って行って、

抱きしめたいくらい。」

 

「うれしい。
声が聞きたかったの。
それと、私もシホンさんが好きですって

言いたかった。


ありがとう、

私を見つけてくれて。

じゃ、お休みなさい。」

 

「お休み。また、明日。
夢で会えると良いな。」

 

もっと、ずっと朝まででも
話していたいくらいだった。

 

でも、今は早く元気になること。

 

もう、告白したから、
友だちでも知り合いでもなく、
恋人同士だ。

 

明日からは、

彼氏ですと紹介出来ることが、

こんなに嬉しいなんて!

温かい気持ちでジュニは眠りについた。


シホンも、自室でガッツポーズを取っていた。
そして、預金通帳を出すと、金額を確認し
「よし!」と頷いた。

 

早くジュニと会いたい。
明日が来るのが、待ち遠しかった。


そして、翌日

ジュニの体調もずいぶん回復してきた。
もう、車椅子も必要なく、

点滴スタンドにつかまれば、

ゆっくりとなら歩くことも

出来るようになった。

 

「キムさん、おはようございます。」

 

「ジュニさん、おはよう。
あら、もう歩けるようになったのね。
良かったわ。
若い人は回復が早くて羨ましいわ。」

 

「私は、ちょっと

無理しすぎただけみたいなんで。
自己管理が甘くて、

周りに迷惑掛けてしまいました。」

 

「それは、ジュニさんが

頑張り屋だってことでしょ。
暴飲暴食したとか

遊び過ぎたわけじゃないもの。

きっと、今ごろ

周りの方も反省してるわよ。

ジュニさんに頼りすぎてたなって。

 

出来る人とか、頑張る人を

ついあてにして、
それがいつの間にか

当たり前になってしまうのよね。

それで、倒れてから気が付くの。


私もそうだったけどね。

何でも、大事なことって、

それをrb:失して > なくしてから、

いかに自分にとって大事で、

必要だったか気づくのよね。


その時は、もう

取り返しが付かなかったりするのに。

 

だから、おばさんの余計なお世話だけど、
シホンさんを余り長く待たせない方が

良いと思うわ。

ほんとうに、ジュニさんの事を

大切に想っているのが分かるもの。」

 

「そうですよね。
実は、昨夜電話で
お付き合いさせて下さいと伝えました。
顔を見て話たかったけど、
今日会うまで待てなくて。」

 

「まぁ、そうだったの。
じゃあ、シホンさんは、

晴れて彼氏に昇格ね。良かったわ。」

 

「キムさんに

そんなに喜んでいただけるなんて

思いませんでした。」

「だって、私、

もうシホンさんのファンだから。
あんな素敵な人、なかなかいないわよ。」

 

「キムさんは、

漫画なんかはお読みになりませんか?」

「そうねぇ。
大人になってからは、読んでないわね。
なぜ?」

 

「シホンさんは、

ウェブ漫画の会社をされているんです。
もし、良かったら応援して下さい。」

 

「お名刺いただいていたけど、
よく見てなかったわ。
そうなのね。


入院も長くなると暇をもてあますものね。
かといって、

体調も思わしくないと本を読むのも疲れるから、

ついテレビばかり見たりするけど、

漫画だったら気軽に読めるものね。

 

シホンさんに、

大人が読んで楽しめる物を

お願いしようかしら。
漫画って、

どうしても若い人向けが

多いような気がするから。」

 

「いいアイデアだと思います。
紙媒体だと、ある程度の部数を刷らないと儲けが出ませんけど、

ネットのウェブ漫画だったら、

少ない読者でも利益に繋がりやすいと思いますから。」

 

「ジュニさん、

なかなかいい営業ウーマンだわね。」

 

「これでも一応経営学部なんで…。」


朝食を終え、回診の時間になった。

 

担当の医師と看護師がやってきて、
「具合は、いかがですか?
もう、歩けるようになったようですね。」

 

「はい、点滴スタンドにつかまれば、
ゆっくり歩けるようになりました。

昨日の検査結果は、

どうだったんでしょうか?」

 

「今回の発作は、

過労とストレスだったようです。
直ぐに治療が必要な悪いものはないようなんですが、ちょっと気になる点があるので、
出来ればご家族か、

付き添われていた方と
一緒に聞いていただきたいのですが。」

 

「家族は離れて暮らしてるので、

直ぐには来られません。
入院する時付き添ってくれた人は、

夕方には来ると思いますが、

早く来てもらった方が良いですか?」

 

「そうですね。
出来れば午前中か遅くとも

15時頃までに来ていただけると、

助かります。」

 

「分かりました。連絡してみます。」

 

「時間が分かったら、

看護師に伝えて下さい。」

 

「分かりました。」

 

何だろう?気になることって。
そう思いながら、キムさんに

「電話しに、談話室にいってきますね。」
と声を掛けて病室を出た。


「もしもし、シホンさんですか?
ジュニです。お仕事中スミマセン。
今、大丈夫ですか?」

 

「うん、何かあった?」

 

「回診の時に、検査結果の事を先生に伺ったら、ご家族か付き添いの方と一緒に聞いて欲しいと言われて。
15時までに来られますか?」

 

「うん、分かった。
13時頃までには行くから。」

 

「スミマセン。お願いします。」

 

「ジュニ、スミマセンはもう無しね。
彼氏なんだから、甘えて下さい。」

 

「はい。ありがとう。」

 

「それと、会ってから話そうと思ってたけど、ご両親に挨拶したい。


行くのが難しいなら、

申し訳ないけど、
取りあえず電話だけでも。」

 

「それって…」

 

「ただ交際するんじゃなくて、

結婚を前提にって事。


焦ってると思うかもしれないけど、
そうじゃなくて、
今回みたいに何かあった時、
家族と同等でいたいんだ。


そうでないと、

君を守れないだろう?

詳しいことは、会った時話すから。
じゃ、また後で。」

 

シホンは昼食を早めに済ませ、
病院にやって来た。

 

「ジュニ、具合はどう?
だいぶ顔色も良くなったね。

キムさん、こんにちは。
また、お邪魔してます。」

 

「うん、もう歩けるようになったし、
今回の発作は過労とストレスだったみたい。」

 

「先生と話す前に、

ちょっと話したいんだけど、

談話室に行こうか?


キムさん、談話室で話してますので、

もし看護師が来たら

伝えていただけますか?」

 

「はい、行ってらっしゃい。」

 

「話って、さっき電話で言ってたこと?」

 

「うん。今、ご両親は仕事中だろ?」

 

「そうね。

まだ、店をやってる時間だから。」

 

「そしたら、

事後承諾になってしまうけど、

先生には“婚約者”という事にしてもいい?
そうでないと、

詳しい話はしてもらえないと思う。」

 

「私は、有り難いけれど、
シホンさんはそれでいいの?」

 

「僕には、ジュニ以外いないって、

言ったよね。
何があっても、

それは変わらない。

退院したら、なるべく早く、

円満にバイトは辞めて、勉強に専念して。

授業料は、奨学金をゲットして、
生活費は、僕が援助するから。」

 

「そこまでシホンさんに

甘えられないわ。」

 

「ジュニは、きっと有能な社会人になれる。

援助というのが気になるのなら、
僕が君に“投資する”と思えばいい。


これでも、一応実業家だからね。」

 

「私に投資して、

シホンさんがペイするのかしら?」

 

「ジュニが元気で勉強に励んで、

働ければ
それで充分ペイします。
ジュニが元気なら、

僕のパフォーマンスが上がるからね。

じゃ、先生の話を聞きに行こうか?」

 

「はい。」

 

看護師にシホンが来たことを伝えると、
担当医の部屋に行くように言われた。

 

「失礼します。ハン・ジュニです。」

 

「そちらは?付き添いの方?」

 

「はい、婚約者のナム・シホンと言います。」

 

「そうですか。
今回の検査結果ですが、

大きな病変は見つかりませんでした。
ただ、肝機能の数値の一部が高めで、
肝炎とまでは言えないのですが、
このまま放置すると、

肝炎になる可能性が否定できません。

 

最近疲れやすいとか、

風邪をひきやすいとか

そういうことはなかったですか?」

 

「バイトと勉強で、

少し無理をしていたかもしれません。
風邪をひくと治りにくいと感じてました。」

 

「肝臓の機能が衰えているから

かもしれません。
疲れを感じたら、早めに休むこと。
運動不足も良くないので、

軽い運動を適度にすることも大切です。
それと、キチンと3食バランス良く食べることも大事です。

若いからと食事を抜いたり、
軽食で済ませる事が続くと、

肝臓は自覚症状が出にくいですから、

気が付いたときは、
重症化していることが多いのです。

 

ただ、今回早めに分かったので、
これから生活に気をつければ、

これ以上悪くすることなく、

治療も必要ないですし、

普通に生活できます。

 

これを機に、生活のパターンを

見直して下さい。

 

ご家族で、肝臓の病気の方はいますか?」

 

「祖父は肝硬変でした。

祖母も肝臓ガンで亡くなってます。

あと、父が去年肝炎で入院しました。

今は、もう良くなって

仕事に復帰してますが。」

 

「肝臓が弱い家系なのかもしれませんね。
今直ぐ治療は必要ありませんが、
生活習慣を見直すことと、
年に一度は血液検査と

エコー検査かCT検査をして、

肝炎とか脂肪肝になっていないか
チェックされた方が良いと思います。

血圧も安定してきたようなので、
明日には、退院出来るかと思います。」

 

「分かりました。
ありがとうございました。」

 

病室に戻りながら、
「やっぱり、バイトは辞めた方がいいよ。
身体を壊しては、

勉強も出来なくなってしまうから。」

 

「そうね…。」

 

「どした?」

 

「付き合いだしたばかりなのに、

シホンさんに

重荷を負わせてしまっていいのかなって。」

「そんな考え方、ジュニらしくないよ。
重荷じゃなくて、

パートナーなら、

支え合うのが当然じゃないか。
付き合った長さなんか関係ない。

ジュニの笑顔が僕の活力なんだから。
それに、僕が支えてもらうことも

これからは沢山あると思うよ。」

 

「そうだね。」

 

病室に戻ると、

友人のソ・ナウンが見舞いに来ていた。

「ジュニ、バイト先で倒れたんだって?
びっくりしたよ。」

 

「心配させたね。
ちょっと無理しすぎたみたい。


過労とストレスだって。
明日には退院出来ると思う。」

 

「こんにちは。
ジュニ、紹介してくれるかな?」

 

「あ、ごめんなさい。
大学の友人のソ・ナウン。
同じ経営学部なの。」

 

「ナウンさん、初めまして。
ナム・シホンと言います。」

 

「初めまして。

えっと…ジュニの彼氏?」

 

「古い知り合いなんだけど、

最近再会して、
お付き合い始めたところ…。」

 

「まだ、ご両親の承諾は得てないんですが、一応婚約者です。」

 

「ジュニ、いつの間にこんなイケメン、
ゲットしたの?」

「偶然、ほんとに偶然再会して。
シホンさんは、

昔憧れの好きだったお兄さんなのよ。
でも、お付き合いするつもりは

なかったの。
ほら、先輩と別れて

そんなに経ってないし。

 

バイト先で倒れて、凄く助けてくれて、
私にとって大切な人なんだって実感したから、お付き合いすることになりました。

隠してた訳じゃないから。ほんとに。」

 

「分かった、分かった。」

 

「ナウンさん、

ジュニがお世話になります。

もし差し支えなければ、

連絡先を交換していただいても

いいですか?
僕は、こういう者です。」

と名刺を差し出した。

 

「代表…会社を経営してるんですね。」

 

「立ち上げたばかりの小さな会社ですが。
ウェブ漫画の会社です。
〇〇とか、うちが扱った作品ですが、

ご存知ですか?」

 

「あぁ、読みました。
余り大手の出版社が扱わない、

特徴のある作品が多いですよね。


友だちにもそちらの会社の作品が気に入ってよく読んでるファン、いますよ。」

 

「そうですか。
ありがとうございます。」

 

「そういえば、シホンさん。
キムさんと話してたんだけど、
大人向けの作品って、

ウェブ漫画にはまだ少ないですよね。


中年以上の人向けの作品を扱ってみたら、
意外と需要があるかもしれないですよ。

 

キムさんも、入院が長引いて退屈すると
ついテレビばかり見るんですって。
本を読むのも疲れるから。

でも、漫画なら読みやすいかもって。」

 

「なるほどね。
新しい作品だけじゃなくて、

古い馴染みのある小説とか名作とかドラマとかをコミック化したら、

読んで貰えるかもしれないね。

考えてみる。」