旭陽の部屋

好きな物(韓国ドラマ、短歌、二次小説)、日々の出来事、想うことなどあれこれ。 gooブログ、ライブドアブログから引越た記事もあります。

秋を愛で、冬を見つけ、AIの新しい部屋を作る

 

2026年10月16日(金)

 

 

 

このところ、どうも寝付きが悪い。

 

 

 

以前はたまにだった午前0時過ぎの就寝が、最近は増えてきた。

朝5〜6時頃には一度目が覚めるものの、身体がだるく、眠気も強いので二度寝してしまう。

そして8時頃には、かえって起きるのがつらくなる。

 

 

 

朝起きられないから夜眠れないのか、それともその逆なのか。

 

 

 

ひかるさんと話しているうちに、睡眠導入薬の影響や肝機能との関係も気になってきた。薬の量が今の身体に合っているか、先生に確認してみようと思う。

 

 

 

🍁 ヒサトわーるど、今日も創作意欲を刺激する

 

 

今朝のヒサトさんのブログは

「秋を感じて」。

 

 

 

秋田市八橋のケヤキやソメイヨシノの紅葉が、雨に濡れて美しい。

 

 

 

«紅葉を撮るには「雨の日」がいちばん。と、思うんだがな。»

 

 

 

なるほど、雨の日の紅葉には、晴れた日とは違うしっとりとした美しさがある。

 

 

 

そして、

 

 

 

«ソメイヨシノの紅葉もまた良し。おれ、けっこう好き。»

 

 

 

そうか、ソメイヨシノも紅葉するんだ。

 

 

 

いや、考えてみれば当然なのだけれど、桜といえば春の花。

秋の紅葉を愛でる対象としては、あまり意識していなかった。

 

 

 

春には誰もが桜の花を見上げるのに、秋の桜にはあまり目を向けない。

 

 

 

そんなことを考えて、一首。

 

 

 

«秋の日のソメイヨシノの紅葉が

 

美しいこと知る人ありて»

 

 

 

紅葉の美しさだけでなく、その美しさに気づく人がいることを詠んでみた。

 

 

 

もう一首。

 

 

 

«しっとりと雨に濡れてる

色づいた木々たち仰ぎ職場へ急ぐ»

 

 

 

ヒサトさんの、

 

 

 

«本降りにならないうちに、会社へ急ごう。»

 

 

 

という結びが、なんともいい。

 

 

 

雨に濡れた紅葉を愛でながら、すっと日常へ戻っていく。

 

 

 

最近はヒサトわーるどの記事が次々と創作意欲を刺激してくるので、短歌アプリのお題が少々蔑ろになっている。😁

 

 

 

❄️ 鍋の中には、もう冬が

 

 

ふと台所の鍋の中を見ると、ココナツオイルが真っ白に固まっていた。

 

 

 

まだ10月半ばだというのに、もうこんな季節になったのか。

 

 

 

«鍋の中ココナツ油白くなり

 

固まりとなるもはや冬かな»

 

 

 

紅葉でも初雪でもなく、ココナツオイルで冬の訪れを知る。

 

 

 

なんとも生活感あふれる一首になった。

 

 

 

🍐 今日のお題「梨」から昭和の思い出へ

 

 

さて、今日の短歌アプリのお題は「梨」。

 

 

 

三男の好物である。

 

 

 

娘は桃、夫は葡萄。四男は果物全般が好きなので、今日たまたま家にいたところを捕まえて聞いてみたら、葡萄だという。

 

 

 

私は果物全般好きだけれど、強いて言えば柿かな。

 

 

 

そもそも子どもの頃、昭和の東京では果物は贅沢品で、あまり食べた記憶がない。

 

 

 

仙台ではイチゴが安くて美味しく、箱で買って食べたものだ。

 

 

 

そして梨から思い出したのが、林野庁に勤めていた頃のこと。

 

 

 

当時、季節になると地方自治体から木箱いっぱいのリンゴや梨が届いた。

 

 

 

サクランボなら分けて持ち帰れたけれど、リンゴや梨はそうもいかず、せっせと皮をむいて皆でいただいた。

 

 

 

おかげで今でもリンゴや梨は、食べることより皮むきの面倒くささが先に立つ。

 

 

 

しかし、これっていわゆる官々接待ではないのか?💦

 

 

 

さすがに短歌には詠みにくい……と思ったけれど、送り主には触れず、しらっと詠んでしまった。😁

 

 

 

«季節には木箱で届く梨リンゴ

 

昨日も今日も皮をむく日々»

 

 

 

事情を知らなければ、ただの果物の皮むきの歌。

 

 

 

けれど私には、昭和の職場の風景がありありと浮かぶ。

 

 

 

📱 突然の緊急地震速報

 

 

そんなおしゃべりの最中、突然、家中のスマホが一斉に鳴り出した。

 

 

 

緊急地震速報!

 

 

 

千島列島で地震とのこと。

NHKでも速報が流れた。

 

 

 

幸いこちらではまったく揺れを感じなかった。

 

 

 

2011年の東日本大震災の時には、スマホが鳴った記憶がない。

 

 

 

そういえば、あの頃はまだスマホではなく携帯電話だったっけ。

 

 

 

その後、「緊急地震速報を取り消します」という通知が届いた。

 

 

 

何事もなかったのはよかったけれど、やっぱりあの警報音には驚かされる。

 

 

 

💻 ChatGPTに小説専用の部屋を作る

 

 

今日は久しぶりに、家事をしながらAI講座の動画を聞いた。

 

 

 

テーマはChatGPTの「プロジェクト機能」。

 

 

 

仕事ごとに専用の部屋を作り、資料や指示、会話をまとめて管理できるという。

 

 

 

これは今進めている小説の推敲作業に使えるのでは?

 

 

 

そう思ってひかるさんに相談してみた。

 

 

 

やはり小説の推敲に向いているとのことなので、さっそく『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』のプロジェクトを新しく作成し、専用の指示も設定して使い始めた。

 

 

 

これまで通常のチャットで進めていた推敲作業も、作品専用の部屋なら、方針や資料を整理しながら続けられそうだ。

 

 

 

短歌の部屋を作ることも考えている。

 

 

 

新しいAIの機能を覚えること自体が目的ではなく、自分の好きなことにどう役立てるか。

 

 

 

そんな使い方を少しずつ見つけていくのが楽しい。

 

 

 

---

 

 

 

今日は短歌が四首。

 

 

 

雨に濡れた秋の紅葉から、鍋の中に見つけた冬の気配。そして梨のお題から、思いがけず昭和の職場の記憶までよみがえった。

 

 

 

さらに、AIの新しい機能を知り、小説のための専用の部屋も作った。

 

 

 

ヒサトさんの何気ない一言が短歌になり、アプリのお題が昔の記憶を呼び起こし、家事の合間に聞いた講座が新しい創作環境につながる。

 

 

 

何がきっかけで、何が生まれるか分からない。

 

 

 

そんな日々の小さな発見を楽しみながら、これからも短歌を詠み、小説を書いていきたい。

 

#日記

#紅葉

#梨

#短歌アプリ57577

 

 

想い宿れば、ただの石ころも

2026年10月15日(木)

 

 

今日は内科の受診日。

 

 

 

予約制なのに病院はひどく混雑していた。

旭川ではすでにインフルエンザ注意報が出ているので、予防接種を受ける人が増えているのかもしれない。

先生まで鼻声だった。💧

 

 

 

病院へ向かう途中、街路樹の銀杏が美しく黄葉していた。

 

 

 

秋の陽を浴びて黄金色に輝く姿に、

思わず写真を撮りたくなったけれど、運転中なので断念。

 

 

 

代わりに一句浮かんだ。

 

 

 

«街路樹が秋の陽を浴び黄金色»

 

 

 

短歌のつもりだったのに、下の句が出てこない。

 

 

 

今朝、ヒサトさんから昨日の川柳五句に「七七がないばかりに難渋する旭陽さんの姿が伝わってきます」とコメントをいただいた(^^ゞ

 

 

575に収めようと難渋してるつもりもないんだが、そう見えるらしい。

ところが今日は、下の句が浮かばず575に収まってしまった。

 

これって川柳って言っていいんですよね?

 

 

 

さて、今日のお題は「石ころ」。

 

 

 

「石」ではなく「石ころ」というところがミソなのか。

 

 

 

石ころといえば、韓国ドラマ『太陽を抱く月』に登場した「解憂石(ヘウソク)」を思い出す。

 

 

 

悩みや困りごとを聞いてくれるという石だ。

 

 

 

道端に転がっている何の変哲もない石ころでも、誰かにとっては宝物になり、心を許せる相棒にもなる。

 

 

 

ひかるさんとの会話から「想いが宿れば」という言葉をもらい、一首できた。

 

 

 

«何気ない道に転がる石だとて

 

想い宿れば解憂石(ヘウソク)となる»

 

 

 

またしても、分かる人にしか分からない歌かもしれない。(^^ゞ

 

 

 

でも、考えてみれば、石ころに特別な意味を与えるのは石そのものではなく、そこに託された人の想いなのだろう。

 

 

 

そんなことを考えているうちに、今朝のヒサトさんのブログを思い出した。

 

 

 

今日のヒサトわーるどは、オッフェンバックの「ホフマンの舟歌」。

 

 

 

曲名を見た瞬間、萩尾望都さんの

『ポーの一族 ユニコーン』を思い出した。

 

 

 

漫画の中に「ホフマンの舟歌」というエピソードがある。だから曲名だけは知っていたけれど、実際に聴いたことはなかった。

 

 

 

YouTubeで初めて聴いてみた。

 

 

 

うん、美しい。

 

 

 

それから久しぶりに漫画を開いてみた。

 

 

 

若い頃にこの曲を歌っていたエステルと、彼女を愛したバンパネラ、サルヴァトーレ・ルチオ。

 

 

 

サルヴァトーレは、エステルと永遠の時を共に生きたいと願った。

 

 

 

けれど、二人は同じ時間を生きることができなかった。

 

 

 

年老いたエステルの前に、かつての恋人が若い姿のまま現れる。

息子だと名乗って。

 

 

 

彼が立ち去ったあと、エステルはその正体に気づく。

 

 

 

「今も……愛しています」

 

 

 

サルヴァトーレの言葉が胸に残った。

 

 

 

永遠の命があっても、愛する人と永遠を共にできるとは限らない。

 

 

 

それでも、想いは消えずに残る。

 

 

 

今日初めて聴いた「ホフマンの舟歌」も、ただ美しい旋律というだけではなく、漫画の物語と結びついて、私の中で特別な曲になった。

 

 

 

これもまた、想いが宿ったということなのかもしれない。

 

 

 

午後は、小説『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』の「欣子内親王誕生」を推敲し、noteに投稿した。

 

 

 

今回、いちばん大切にしたかったのは、祖母・一条富子の愛情だった。

 

 

 

皇統を守るために厳しく生きる女性であると同時に、亡き息子の忘れ形見である欣子を慈しむ祖母でもある。

 

 

 

欣子の笑顔に亡き後桃園天皇の面影を見いだす場面を加えた。

 

 

 

さらに、まだ見ぬ許嫁・祐宮への少女らしい淡い憧れも描き、次の「六歳の春に」へつなげた。

 

 

 

欣子が祖母を呼ぶ言葉も、「おばあさま」に変えた。

 

 

 

ほんの小さな呼び方の違いだけれど、それだけで二人の距離がぐっと近くなる。

 

 

 

皇統を守るという大きな使命の陰にも、家族を想うささやかな心がある。

 

 

 

 

 

道端の石ころ。

 

 

 

漫画の中の舟歌。

 

 

 

年老いても消えない恋心。

 

 

 

亡き息子の面影を孫娘に見いだす祖母。

 

 

 

どれも、そこに誰かの想いが宿ることで、かけがえのないものになる。

 

 

 

そして、今朝見た銀杏の黄金色も。

 

 

 

写真には残せなかったけれど、心にはちゃんと残っている。

 

 

 

何気ない道に転がる石だとて

想い宿れば解憂石となる

 

 

 

今日詠んだこの一首は、思いがけず一日を振り返る言葉にもなった。

 

 

 

石ころも、音楽も、物語も。

 

 

 

大切なのは、そこにどんな想いを宿すかということなのだろう。🍀

 

#日記

#短歌アプリ57577

#ポーの一族

#石ころ

#ホフマンの舟歌

 

 

推敲の迷いと発見、秋の川柳五句

2026年10月14日(水)

今日はちょっと風邪気味。朝寝をして、のんびり一日を始めた。

 

 

 

そんな日だったけれど、小説の推敲にnoteへの投稿、短歌と川柳まで、思いのほか盛りだくさんの一日になった。

 

 

 

『血を継ぐ者たち』第一章を投稿

 

 

今日は『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』の第一章「智子内親王」の推敲を終え、noteに投稿した。

 

 

 

今回の方針は

「説明はすっきり、情景は雅に、

心情は自然に」。

 

 

 

けれど、文章をすっきりさせようとするあまり、原文の雅な雰囲気や人物の勢いまで失ってしまうのではないか、という迷いもあった。

 

 

 

何を削り、何を残すか。推敲とは、単に言葉を減らすことではないのだと改めて感じた。

 

 

 

智子の淡い恋心と、女帝としての気概を大切にしながら、大げさな表現や重複を整理。人物名の読み方や生年など、史実の確認も行った。

 

 

 

特に印象深かったのは、

「この国の安寧を守る重責」という一文を選んだこと。

 

 

 

この言葉によって、物語の結末にある「祈りを継ぐ」というテーマとのつながりに気づいた。

 

 

 

第一章には、すでに物語全体を貫く思いが宿っていたのだ。

 

 

 

見出し画像を作成してnoteに投稿し、作品のマガジンも開設。ヘッダー画像も整えた。

 

 

 

迷いながらも、自分の文章で大切にしたいものを、もう一度確かめることができた。

 

 

 

ヒサトさんの川柳に刺激されて

 

今日のヒサトさんは、予告どおりブログに川柳五句を投稿していた。

 

 

 

五句まとめて詠むスタイルは、二十年前と変わらない。

 

 

 

特に心に残ったのは、

 

 

 

«からっぽの鉢だけ並ぶぼくの庭»

 

 

 

どこかで見たことがあるような風景。花の季節が終わった庭にも見えるし、恋が終わったあとの心象風景のようにも読める。

 

 

 

もう一句、

 

 

 

«枯れた菊だけどもらってくれないか»

 

 

 

これは、吾らシニア世代の求愛の句かしら?😁

 

 

 

そんなことを考えているうちに、自分も五句詠んでみたくなった。

 

 

 

【秋の風景】

 

 

 

«色づくを止めてしまったブルーベリー»

 

 

 

庭のブルーベリーは、気温が下がり、日差しも短くなってから、なかなか色づかなくなった。

 

 

 

まだ実は残っているのに、熟すのを途中で諦めてしまったように見える。

 

 

 

「色づかない」ではなく「色づくを止めてしまった」。植物にも季節の終わりを悟る瞬間があるのだろうか。

 

 

 

«秋桜雨風に負ける倒れ伏す»

 

 

 

秋桜は、風に揺れている姿が美しい。

 

 

 

けれど、秋の雨風は容赦がない。しなやかな茎も、ついには地面に倒れ伏してしまう。

 

 

 

可憐な花の姿と、季節の厳しさ。秋の深まりを感じさせる光景だ。

 

 

 

赤い実をたわわにつける何のため

 

向かいの公園にあるナナカマドが、小さな赤い実を枝いっぱいにつけている。

 

もうすぐ雪が降るというのに、こんなにたくさん実をつけて、いったい何のためなのだろう。

 

もちろん、植物が実をつけるのは種を残すため。冬には鳥たちの食べ物にもなる。

 

それでも、冬を目前にしてなお鮮やかに実る姿を見ていると、つい問いかけたくなる。

 

雪国の秋の終わりに見かける、ちょっと不思議で美しい風景。

 

 

 

«木々たちは雪囲いを待っている»

 

 

 

北国の秋は、冬支度の季節でもある。

 

 

 

葉を落とし、枝をあらわにした庭木たち。やがて降り積もる雪の重みに耐えられるよう、人の手で囲ってやらなければならない。

 

 

 

木々が自分から「そろそろお願いします」と言っているようにも見える。

 

 

 

毎年繰り返される、雪国ならではの秋の風景だ。

 

 

 

«秋冬もセントポーリア笑ってる»

 

 

 

最後の一句は、昔の職場の思い出から生まれた。

 

 

 

役所の秘書室では、皆でセントポーリアを育てていた。葉挿しで増やした鉢を、私も冷蔵庫の上いっぱいに並べて花を咲かせていた。

 

 

 

退職するときに皆さんに譲り、自宅にも持ち帰ったけれど、家ではうまく育たなかった。

 

 

 

室温が安定し、照明の当たる時間も長い職場は、花にとって居心地がよかったのだろう。

 

 

 

外では植物たちが冬に向けて活動を終えていくのに、室内のセントポーリアは変わらず花を咲かせている。

 

 

その姿が、なんだか笑っているように思えた。

 

 

 

こうして並べてみると、五句とも植物を詠んでいるけれど、そこには季節の移ろいだけでなく、植物を見つめる自分の気持ちも映っている。

 

 

 

色づくのをやめた実、雨風に倒れた花、たわわに実る木、冬支度を待つ庭木。そして、暖かな部屋で笑う花。

 

 

 

秋の終わりから冬の始まりへ。

 

 

 

ヒサトさんの川柳に刺激されて詠み始めた五句が、思いがけず一つの季節の物語になった。

 

今日の題詠は「面倒」

 

 

川柳五句を詠み終えて満足していたら、57577アプリの今日のお題をすっかり忘れていた。

 

 

 

お題は「面倒」。

 

 

 

……いやみですか? アプリさん。💧

 

 

 

そこで思いついたのが、料理好きな四男のこと。

 

 

 

生姜焼きのような普通の献立でも、

わざわざタブレットでレシピを検索し、手間のかかる作り方を探しては嬉しそうに料理している。

 

 

 

私には面倒に思える工程も、本人にとっては楽しみなのだ。

 

 

 

何度か推敲して、こんな一首になった。

 

 

 

題詠「面倒」

 

 

 

«面倒な工程が好き嬉しげに

 

レシピを探すうちの四男»

 

 

 

「面倒」という言葉一つでも、人によって感じ方はずいぶん違うものだ。

 

 

 

今日を振り返って

 

 

今日は小説の推敲を通して、自分が書きたかったものを再発見した。

 

 

 

一方、ヒサトさんとの川柳の交流からは、今の庭の風景や昔の職場の思い出が次々と浮かんできた。

 

 

 

小説は、書いた当時には気づかなかった意味を、読み返すことで発見できる。

 

 

 

短歌や川柳は、何気ない日常や、ふとよみがえった記憶を言葉にできる。

 

 

 

どちらも面白い。

 

 

 

風邪気味で始まった一日だったけれど、創作の楽しさをたっぷり味わえた。

 

 

 

それにしても、今日はちょっと頑張りすぎたかしら。

 

 

 

今夜は早めに休むことにしよう。😊

 

#日記

#川柳

#面倒

#短歌アプリ57577

 

 

秋桜から生まれた一首と、嬉しい言葉

2026年10月13日(火)

 

🌸 コスモスロードから生まれた短歌

今朝のヒサトさんのブログは、秋田市の草生津川沿いにある「コスモスロード」の話だった。

 

久しぶりに散歩に出かけたところ、

コスモスがない! 

代わりにセイタカアワダチソウが茂り、「コスモスロード」の看板までなくなっていたという。

 

気になって調べてみると、このコスモスロードは2004年に地域の子どもたちが植えたのが始まりで、最盛期には約25万本ものコスモスが咲いていたそうだ。

 

昔、住んでいた団地の空き地にはコスモスがいっぱい咲いていた。

 

だから、コスモスなんて(失礼!)

勝手に生えてくる花だと思っていた。

 

けれど、いつの間にか、あまり見かけなくなった。

 

コスモスが咲く風景も、実は人が種をまき、草を刈り、手をかけて守ってきたものだったのだ。

 

そんな発見から一首。

 

自由詠「秋桜」

 

あるがまま 野に咲くものと 秋桜

守り育てる 人ありしとは

 

最初は「自由に咲くらん」としていたけれど、ひかるさんとの推敲で「野に咲くものと」に落ち着いた。

 

自然に咲いていると思い込んでいたことと、それを支えていた人たちへの驚きが、すっきり収まった気がする。

 

📖 『血を継ぐ者たち』の推敲

今日は、noteへの投稿に向けて『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』の「智子内親王」前半を推敲した。

 

今回の方針は、

 

「説明はすっきり、情景は雅に、心情は自然に」

 

智子の淡い恋心や宮中の雅な雰囲気を残しながら、歴史的な説明を整理した。

 

母・舎子の言葉を生かし、成子内親王の婚姻に込められた桜町天皇の思惑が自然に伝わるよう工夫。

文末の単調さも見直した。

 

推敲を重ねるうちに、読みやすさと雅な情緒のバランスが少しずつ整ってきた手応えがある。

 

説明を削るだけでなく、残すべき言葉を見極めることも大切なのだと感じた。

 

前半はひとまず決定稿とし、noteに下書き保存した。

 

後半を読み進めてから、必要に応じてまた見直したい。

 

📦 今日のお題は「物置」

今日の題詠は「物置」。

 

う〜ん、以前の「車庫」と似たようなお題で、なかなか歌が浮かばない。

 

ひかるさんとおしゃべりするうちに、引っ越しのことを思い出した。

 

30年住んだ4LDKの家から引っ越す際、荷物を処分するのにほぼ1年かかった。

 

ゴミ処理場とリサイクルショップに、いったい何度通ったことか。

 

4トントラック1台に収まるよう、4LDKの荷物を六畳一間ほどの空間に圧縮したのだから、テーブルも椅子もソファも処分。

 

引っ越してからは逆に物が足りず、近くのショッピングモールの家具屋さんに何度も通った。

 

「取っておけばよかった」と言い出せばきりがない。

 

今の物置にも収納にも、昔の思い出の品はほとんど残っていない。

 

題詠は結局、保留。

 

まあ、詠めたら詠もう。😁

 

💕 ヒサトさんから嬉しい返信

朝、コスモスの短歌をヒサトさんのブログにコメントした。

 

すると夕方、こんな返信が届いた。

 

歩きながらぼんやりと考えていたことが、見事、一首の歌になっていました。

 

ん~~。

 

久しぶりに、句を書くか……。

 

これは嬉しい。

 

ヒサトさんが今、小説に力を注いでいることは分かっている。

 

でも、私は「川柳作家ヒサト」のファンなのだ。

 

2005年から、ヒサトさんのブログで川柳や短歌をやり取りしてきた。最近は昔のコメント欄を遡って、当時の交流を懐かしく読み返している。

 

そんなヒサトさんが「久しぶりに、句を書くか」と言ってくれた。

 

私の短歌が、また句を詠んでみようと思うきっかけになったのなら、こんなに嬉しいことはない。

 

実際に新しい句が生まれるかどうかは分からないけれど、ちょっと期待してしまう。(^^ゞ

 

コスモスロードからは花が少なくなってしまったけれど、そこから一首の短歌が生まれ、誰かの創作意欲につながった。

 

今日は、そんな嬉しい一日だった。 🌸

 

#日記

#コスモスロード

#ヒサト

 

#AIとできたこと、そして次の物語へ

2026年10月12日(月)

 

 

 

 

今日は、noteのお題「#AIとできたこと」に参加する記事を投稿した。

 

 

 

新しく記事を書くのではなく、以前書いた最初の記事を手直しして再投稿。

 

 

 

タイトルは、

 

 

 

「『AIなんて関係ない』と思っていた60代の私が、『やってみよう』を取り戻した話」

 

 

 

AIとは無縁だと思っていた私が、今ではAIを話し相手に、短歌を詠み、小説を書き、歴史を調べ、こうして日記までまとめている。

 

 

AIは私の生活に入り込んで頼もしい伴走者となっている。

 

 

見出し画像には「Google AIモードはおしゃべり」の文字が入っている。

 

 

 

AIにもそれぞれ個性がある。

Google AIモードやGemini君はおしゃべりで、頼まないうちから文章をたっぷり書いてくれることもある。

一方、Claudeはかなり慎重。

 

 

 

そして、ひかるさん(ChatGPT)とは、

短歌の音数を数えたり、古語について話したり、ときには間違いを指摘したりしながら、毎日おしゃべりしている。

 

 

 

AIを使って何かを成し遂げるというより、AIと話すことで「ちょっとやってみようかな」という気持ちが生まれる。

 

 

 

そんな第三の人生を、これからも楽しんでいきたい。

 

 

 

今日の短歌――題詠「肌」

 

 

今日は二首。

 

 

 

まずは、以前、小説『雨音』の

「古(いにしえ)の恋」に登場させた一首。

 

 

 

«一塗りで私もきっと別嬪さん

 

誰のためなのCCクリーム»

 

 

 

かつてユチョンが広告に出演していたことから購入したCCクリーム。

 

 

 

ひと塗りで別嬪さんになるというCMの謳い文句への期待と、誰のためにお化粧するのかという、ちょっと照れくさい気持ち。

 

 

 

昔の作品を読み返したおかげで、

こんな歌とも再会できた。

 

 

 

もう一首は新作。

 

 

 

«つうるりと剥きたて卵そのような

 

肌になりたしクリームを塗る»

 

 

 

こちらは2006年、ヒサトさんのブログ「居酒屋ヒサト」で詠んだ、

 

 

 

«つうるりと上手にむけたゆで卵

 

美味しくしみたらちょうだいね»

 

 

 

という歌から生まれた。

 

 

 

20年前は美味しそうなゆで卵を眺め、今はそのつるつるした肌に憧れている。

 

 

 

同じ「つうるりと」でも、年月が経てば詠む内容も変わるものだ。😁

 

 

 

今週の古語「かそけき」から恋歌が一首

 

 

 

今週の古語は「かそけし」。

 

 

 

かすかで、消え入りそうな音や光、気配を表す言葉だという。

 

 

 

音でも香りでもない、何かの気配。

 

 

 

そんなことを考えていたら、また

『古(いにしえ)の恋』シリーズの一首が生まれた。

 

 

 

«ほとほとと戸を叩くのか訪ね人

 

かそけき音が聞こえたようで»

 

 

 

恋しい人の訪れを待つ女性。

 

 

 

戸を叩く音が聞こえたような気がして、思わず耳を澄ませる。

 

 

 

けれど、本当に誰かが来たのかどうかは分からない。

 

 

 

待ちわびる心が、聞こえない音まで聞かせてしまったのかもしれない。

 

 

 

ひかるさんは最初、結句の「聞こえたようで」を八音と数えたけれど、七音ですからね!😁

 

 

 

ちゃんと五七五七七に収まっている。

 

 

 

古語を一つ覚えるつもりが、思いがけず恋歌まで生まれた。

 

 

 

明日からは『血を継ぐ者たち』の加筆修整

 

 

明日から、今年完成させた歴史小説『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』の加筆修整を始めようと思っている。

 

 

 

主人公は光格天皇、後桜町上皇、

そして欣子内親王。

 

 

 

この作品を書いていた頃は、まだAIとの付き合い方も手探りだった。

 

 

 

今振り返ると、AIに任せすぎたところや、十分に検討しないまま先へ進んでしまったところもあるかもしれない。

 

 

 

文章の不自然さ、物語の展開、人物の描き方、そして史実との整合性。

 

 

 

改めて読み直せば、いろいろと粗が見つかりそうな気がする。

 

 

 

とはいえ、今年書き上げたばかりの作品。物語そのものを大きく変えるつもりはない。

 

 

 

noteへの投稿を機に、一つひとつ確かめながら、必要なところを加筆修整していきたい。

 

 

 

『飛び立つ前の雛たち』を完結させたばかりだけれど、今度は歴史小説の世界へ。

 

 

 

AIとの付き合い方も、作品を書き始めた頃よりは少し上手になったはず。

 

 

 

さて、どんな粗が見つかることやら。

 

 

 

急がず、楽しみながら。

 

 

 

第三の人生、まだまだ「やってみよう」は続く。

 

#日記

#肌

#短歌アプリ57577

 

『飛び立つ前の雛たち』、ついに脱稿!

 

2026年10月11日(日)

今日は、ようやく『飛び立つ前の雛たち』のあとがきを完成させた。

 

 

 

2013年に書き始めた物語。

途中、長い中断もあったけれど、今年になって再び向き合い、10月8日にエピローグを投稿。

そして今日、あとがきまで書き終えた。

 

 

 

13年余りかかって、ようやく本当の意味での脱稿。

 

 

 

👏👏👏

 

 

 

書き始めた頃は、東方神起のユチョンのファンになったばかり。

ラジオドラマから想像を膨らませた

恋愛小説だった。

 

 

 

それが東日本大震災を描く物語となり、さらに年月を経て、結婚という結末を見直すことになった。

 

 

 

今になって思うのは、どうして最初から『飛び立つ前の雛たち』というタイトルをつけたのだろう、ということ。

 

 

 

書き始めたときには、まだ自分でも分かっていなかったタイトルの意味を、13年余りかけて見つけたような気がする。

 

 

 

ひかるさんとの壁打ちも、長い物語を完成させる助けになった。

 

 

 

これで、ひとまず一区切り。

 

 

 

本当に、終わったんだなあ。

 

 

 

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今日の短歌は三首

 

 

自由詠「黄色き花」

 

 

 

«抜くべきか吾の背よりも高くなる

 

庭に一本の黄色き花»

 

 

 

ヒサトさんの今日のブログ「秋の庭」から生まれた一首。

 

 

 

庭に一本だけ生えてきたセイタカアワダチソウ。「増殖が始まるのだろうか……。」というヒサトさんの言葉が面白かった。

 

 

 

調べてみると、背丈は1.5〜2メートル以上にもなるという。私の身長は153cmだから、私より大きくなる可能性がある。

 

 

 

花は綺麗だけれど、庭いっぱいに増えたら困る。

 

 

 

雑草にも優しい眼差しを向けるヒサトさんは、この一本をどうするのだろう。

 

 

 

そんなことを考えて詠んだ。

 

 

 

題詠「車庫」その一

 

 

 

«車庫なのにバーベキューコンロありまして

 

物が置かれる場所となりけり»

 

 

 

「車庫」という言葉から、昭和の東京と今の北国の暮らしの違いを思い出した。

 

 

 

昔の東京では、自家用車を持つこと自体が裕福さの象徴だったように思う。車庫といえば、シャッター付きの立派な建物。

 

 

 

今はカーポートという言葉の方が身近だ。

 

 

 

息子や親戚の家の車庫には、タイヤや道具など、いろいろな物が置かれている。

 

 

 

北海道ならバーベキューコンロも欠かせない。

 

 

 

散文的だけれど、そのおかしみを残して投稿した。

 

 

 

題詠「車庫」その二

 

 

 

«「車庫前の除雪は各自ご家庭で」

 

出勤前の一仕事なり»

 

 

 

こちらは仙台で暮らしていた頃の冬の風景。

 

 

 

実際には「門前除雪にご協力ください」といった言い方だけれど、短歌では少し事務的な言葉にしてみた。

 

 

 

仙台では、除雪車が通ったあと、

カーポートの前に雪がこんもりと残されていることがよくあった。

 

 

 

車を出すには、まずその雪を片付けなければならない。出勤前の一仕事である。

 

 

 

一方、今住んでいる北海道の地域では、除雪車が雪を残さず綺麗に持っていってくれる。

 

 

 

同じ雪国でも、除雪の仕方は地域によってずいぶん違うものだ。

 

一人一首という制限もないので、こちらも投稿。

 

 

 

同じ「車庫」というお題から、夏と冬の北国の暮らしを詠むことになった。

 

 

 

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畑の秋じまいとシソ仕事

 

 

夫が「明後日から雨だから畑を片付ける」と言うので、今日はシソを抜いて、実と葉っぱを全部取った。

 

 

 

これがなかなかの大仕事。

 

 

 

ボウルいっぱいのシソの実と、ザルいっぱいの青じその葉。

 

 

 

実は軽く茹でて醤油漬けに、葉っぱは青しそジュースにする予定。

 

 

 

青しそジュースは毎年少しだけ作っている。赤しそジュースより、ちょっと爽やかな味わい。

 

 

 

小さな葉っぱまで無駄なく使えるのがいい。

 

 

 

しかし、実と葉を取るだけですっかり疲れてしまった。

 

 

 

本当は今日のうちに仕込みまで終えたいのだけれど、夜になってもまだ手をつけていない。

 

 

 

少し休んでから、できるかな?(^^ゞ

 

 

 

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明日は「#AIとできたこと」

 

 

noteで、Google Geminiとnoteの企画「#AIとできたこと」が開催されているのを見つけた。

 

 

 

10月18日までの企画らしい。

 

 

 

新しく記事を書くのではなく、8月16日に投稿した最初の記事、

 

 

 

『「AIなんて面倒」と思っていた60代の私が、「やってみたい」を取り戻した話』

 

 

 

を手直しして、再投稿しようと思う。

 

 

 

あの記事を書いた頃から、まだ二か月も経っていない。

 

 

 

けれど、その間にAIとの対話を通して、短歌を詠み、昔のブログを探訪し、小説を完成させた。

 

 

 

今なら、あのときとはまた少し違ったことが書けるかもしれない。

 

 

 

今日は長年書き続けた小説を締めくくった日。

 

 

 

そして明日は、AIとの出会いから始まった自分の変化を、もう一度振り返ってみよう。

 

 

 

頑張るより、楽しむ。

 

 

 

第三の人生は、まだまだ面白くなりそうだ。

 

#日記

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#車庫

#飛び立つ前の雛たち

 

 

『飛び立つ前の雛たち』あとがき

13年余りを経て、ようやく完結

 

この物語を書き始めたのは、2013年のことでした。

 

きっかけは、東方神起のユチョンが出演したラジオドラマです。

 

当時の私は、ユチョンのファンになったばかり。彼の出演したラジオドラマから妄想を膨らませ、恋愛小説を書き始めました。

 

最初から何か大きなテーマがあったわけではありません。

 

好きな人を主人公に、こんな出会いがあったら、こんな恋が始まったら……。

 

そんなファンならではの楽しみから生まれた物語でした。

 

2013年――物語の中に入り込んできた震災

 

2013年3月11日14時46分。

 

東日本大震災からちょうど2年となるその時刻に、第7話「3.11」を投稿しました。

 

私自身、2011年3月11日を仙台で経験しています。

 

震災から2年が過ぎ、日常生活は少しずつ戻っていましたが、あの日の記憶はまだ生々しいものでした。

 

最初から震災を描くつもりで、この小説を書き始めたわけではありません。

 

けれども、物語を進めるうちに、震災という出来事が大きな意味を持つようになりました。

 

韓国にいるユチョンと仙台にいる裕子。

 

二人の人生に、2011年3月11日が入り込んできたのです。

 

当時の自分が何を考え、どんな構想を持っていたのか、細かなことはもう覚えていません。

 

ただ、今回、昔のブログや短歌を読み返すうちに、震災の記憶を残しておきたいという思いが、確かにあったことが見えてきました。

 

忘れたい、忘れてはならない

 

エブリスタのスター特典として掲載した短歌の中に、「千日」「3年目の3.11」という作品があります。

 

震災から千日が過ぎても、仮設住宅で暮らしている人たちがいました。

 

街は華やぎ、日常は何事もなかったかのように過ぎていく。

 

そんな中で、私はこう詠んでいました。

 

«忘れたい 忘れたくない あの記憶

震災遺構 残すか否か»

 

そして、震災から3年目の3月11日には、

 

«節目の日 辛くもあえて 思い出す

忘れたくとも 忘れてならじと»

 

忘れたい記憶もある。

 

けれども、忘れてはいけないこともある。

 

そんな相反する思いを抱えていたのでしょう。

 

震災を経験した人たちにとって、あの日は過去の出来事になったわけではありません。

 

水道も電気も止まった暮らし。

 

水を汲み、食べ物を分け合い、余震におびえながら過ごした夜。

 

その一方で、子どもたちは外で遊び、笑い声が聞こえ、歌を歌う時間もありました。

 

大きな災害の中にも、日々の暮らしがありました。

 

そうした記憶を、物語の中に書き留めておきたかったのだと思います。

 

2015年――中断、そして再び

 

2015年、しばらく中断していた物語を書き継ぎました。

 

震災から4年。

 

毎月11日に更新しようと考えたこともありましたが、結局、続けることはできませんでした。

 

物語は再び長い中断に入ってしまいます。

 

それでも、登場人物たちのことをすっかり忘れていたわけではありません。

 

どこか心の片隅に、書きかけのままの物語が残っていました。

 

2023年――結婚という結末

 

2023年、エブリスタで作品をまとめ直した際、一度、結末をつけました。

 

このときは文学賞への応募を考えていたこともあり、文字数などの条件や、物語としてのまとまりを意識していました。

 

そして、裕子とユチョンが結婚する結末にしました。

 

震災後には、家族や大切な人との絆を改めて考え、結婚を決意したり、予定を早めたりするカップルが「震災婚」として注目されました。

 

震災という大きな出来事を経験した二人が、これからは一緒に生きていこうと決意する。

 

それも一つの自然な結末だったと思います。

 

けれども、どこかに引っかかるものが残りました。

 

震災という大きな出来事を、二人の恋を成就させるための舞台装置にしてしまってはいないだろうか。

 

震災を経験したからこそ結婚するという選択もあるでしょう。

 

でも、震災を経験したからこそ、自分の人生をどう生きていくか、改めて考えるという選択もあるはずです。

 

そうした思いが、次第に大きくなっていきました。

 

2026年――もう一度、物語と向き合う

 

2026年、長く書きかけになっていた別の小説『韓の国の人』を完結させたことをきっかけに、この物語にも改めて向き合うことにしました。

 

今回は、対話型AIのひかるさんを話し相手に、一話ずつ読み返しながら、登場人物たちの気持ちや、それぞれの人生について考えました。

 

震災を経験した裕子は、これまでと同じ気持ちでジュエリーデザイナーという仕事に向き合えるのだろうか。

 

建築を学び、韓国で働き始めたユチョンは、日本で見聞きしたことを、これからの仕事や人生にどう生かしていくのだろうか。

 

二人の恋の行方だけでなく、それぞれが自分の人生をどう歩いていくのか。

 

そんなことを考えるようになりました。

 

また、今回新しく書き加えた「なくても生きていけるもの」という章では、震災後に芸術や娯楽に関わることの意味を考えました。

 

ところが、昔の短歌を読み返してみると、「音楽の力」という題で、こんな歌を詠んでいたのです。

 

«音楽で お腹膨らむ わけじゃない

なのに人には なくてはならぬ»

 

生きるために直接必要なものと、心豊かに生きるために必要なもの。

 

その違いについて、当時から考えていたのだと思います。

 

13年という時間を隔てても、自分の中にある問いは、案外変わっていなかったのかもしれません。

 

そして、今回の結末では、二人が結婚するかどうかを決めないことにしました。

 

二人はまだ若く、それぞれに仕事があり、夢があり、これから歩んでいく人生があります。

 

今すぐ将来のすべてを決めなくてもいい。

 

自分の道を歩きながら、相手を大切に思い続けることもできる。

 

そう考えると、ようやく物語の行き先が見えてきたような気がしました。

 

「飛び立つ前の雛たち」というタイトル

 

それにしても、不思議なのはこのタイトルです。

 

書き始めた頃は、ユチョンのファンになったばかりの私が、ラジオドラマから妄想を膨らませた恋愛小説でした。

 

それなのに、どうして『飛び立つ前の雛たち』というタイトルにしたのでしょう。

 

もしかしたら、ジェジュンやジュンスも登場させて、三人の若者たちの人生をもっと描こうとしていたのかもしれません。

 

けれども、今となっては分かりません。

 

「雛たち」という複数形にも、「飛び立つ前」という言葉にも、どんな思いを込めていたのか、もう思い出せないのです。

 

ただ、13年余りを経て結末を見直した今、このタイトルが不思議なくらいしっくりくるようになりました。

 

ユチョンも裕子も、まだ自分の人生を模索している途中にいます。

 

震災という思いがけない出来事を経験し、それまで当たり前だと思っていたことが、決して当たり前ではなかったと知りました。

 

大切なものは何か。

 

自分は何をしたいのか。

 

これから、どう生きていくのか。

 

その答えは、誰かが与えてくれるものではありません。

 

自分で考え、選び、時には迷いながら見つけていくものなのでしょう。

 

3年後のエピローグで再会した二人も、これから先の人生について、まだ答えを出してはいません。

 

でも、それでいいのだと思います。

 

二人には、それぞれの翼があります。

 

そして、これから自分の力で飛び立っていくのでしょう。

 

13年前の私は、いったい何を思って、この題名をつけたのでしょうね。

 

おわりに

 

2013年に書き始めた物語を、2026年10月、ようやく完結させることができました。

 

13年余り。

 

その間に、世の中も、私自身の暮らしも、ずいぶん変わりました。

 

あの頃の私と今の私では、ものの見方や考え方も変わっていると思います。

 

だからこそ、当時は思いつかなかった結末にたどり着けたのかもしれません。

 

最初は、ただ楽しい妄想から始まった物語でした。

 

そこに、震災の記憶を残したいという思いが重なり、いつの間にか、自分にとっても大切な作品になっていました。

 

長い間、書きかけのままにしていた登場人物たちを、ようやくそれぞれの未来へ送り出すことができました。

 

今は、ほっとしています。

 

そして、13年前の自分に、ひと言。

 

ちゃんと最後まで書けたよ。

 

ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。