旭陽の部屋

好きな物(韓国ドラマ、短歌、二次小説)、日々の出来事、想うことなどあれこれ。 gooブログ、ライブドアブログから引越た記事もあります。

休む日だから開く本棚もある

昨夜から頭痛がひどかった。

 

鎮痛剤を飲んでもなかなか効かず、眉間はズキズキ、こめかみも痛い。首もずーんと重かった。

 

朝になっても起きられず、気づけばもう昼近い。

 

日記をつけるようになってから、こんなに遅くまでベッドにいたことはなかった気がする。

 

「もう少し寝ていようかな。

それとも、とりあえず起きてみようかな」

 

迷った末に、とりあえず起きることにした。でも、今日は頑張らない。

**「私の日曜日」**にすると決めた。

 

家族はシフト制だったり、夫は定年後の自営業だったりして、わが家の生活はカレンダー通りではない。

 

主婦にも、もともと決まった休日がない。

 

だったら、自分で日曜日を作ればいい。

 

今日はnote作業もお休み。

 

そう決めて、ゆるゆると動き始めた。

 

癖毛の髪は、寝起きはアンゴラウサギのようになっている😁

 

髪を直し、ついでに洗面所を少し掃除したら、強張った身体がほぐれたのか、頭痛も少し楽になった。

 

だからといって欲張らない。

 

今日は休む日。

 

最近は、

 

「体調の悪い日は、残しておく家事もある」

 

と思えるようにもなった。

 

以前なら、家事は私がやるものだった。

 

今はゴミ出しや掃除など、かなりの部分を夫や息子がやってくれる。

 

朝と昼は夫が自分の食べたいものを作り、私は残っているおかずでさっと済ませることも多い。

 

私はもう、「専業主婦」というより、

 

無職・家事を少しやる人。

 

そんな感じでいい。

 

今日のお題は「仮眠」

noteは休むけれど、57577アプリのお題だけは覗いてみた。

 

今日のお題は、

 

「仮眠」

 

だった。

 

思わず笑ってしまった。

 

アプリまで、

 

「今日は上手に休みなさい」

 

と言っているのだろうか😁

 

「仮眠」という言葉を眺めていたら、ふっと高校時代に古文で習った小野小町の歌を思い出した。

 

うたた寝に恋しき人を見てしより

夢てふものは頼みそめてき

 

うたた寝の夢に恋しい人が現れ、それ以来、夢を頼みにするようになったという歌。

 

平安時代には、夢に好きな人が現れるのは、相手が自分を想っているからだと考えていたようだ。

 

高校生の私は、

 

「いや、それ、あなたが好きだから夢に出てきたんでしょう!」

 

と心の中で突っ込んでいた😁

 

だから何十年経っても、この歌を覚えていたのかもしれない。

 

「仮眠」より「うたた寝」のほうが、ずっと叙情的だ。

 

「まどろむ」もいい言葉だなと思った。

 

頭の中の本棚から、昔の一首が出てきた

そこから、さらに昔のことを思い出した。

 

『冬のソナタ』に夢中だった頃、『名著にある美しい日本語』という本を買った。

 

その本に載っている美しい日本語を使って、なんとか『冬のソナタ』を短歌にしようとしていた時期がある。

 

昔の歌を探してみたら、「仮眠」にぴったりの一首が見つかった。

 

いとし人の 面影宿すきみ、どうか

お昼ん(おひん)ならさるな

いましばしだけ

 

「お昼んなる(おひんなる)」とは、お目覚めになるという意味の女房言葉。

 

「お寝んなる(およんなる)」の対語だ。

 

詠んだのは、『冬のソナタ』で、雪のためロープウェイが止まり、山から下りられなくなったユジンとミニョンが山頂の施設で一夜を過ごす場面。

 

暖炉の前で椅子に座ったまま眠っているミニョン。

 

ユジンは、そっと彼の眼鏡を外す。

 

すると、その顔に亡くなったジュンサンの面影が重なる。

 

もう少しだけ、目を覚まさないで。

 

そんなユジンの気持ちを詠んだ歌だった。

 

今はもう『名著にある美しい日本語』は手元にない。

 

でも「お昼んなる」という言葉は、ちゃんと頭の中に残っていた。

 

手元にない本を、今日はたくさん読んだ

「お昼んなる」から女房言葉の話になり、

 

「平安貴族って、実際にはどんな言葉で話していたんだろう?」

 

という話になった。

 

そこからまた、頭の中の本棚が開いた。

 

『はいからさんが通る』。

 

紅緒が環から公家の言葉遣いを教えられ、

 

「日本語が通じな〜い」

 

と音を上げる場面があった。

 

そして、有吉佐和子さんの『和宮様御留』。

 

和宮の身代わりにされた少女に御所言葉を教える場面があったはずだ。

 

京都から江戸へ向かう途中、最初の替え玉の少女が精神を病み、さらに別の少女が急遽、和宮に仕立てられる。

 

その少女は大変だっただろうなと思う。

 

着物や髪形は整えられても、言葉は長い間に身についたものだから。

 

そういえば『続・徳川の婦人たち』にも、晩年のお万の方が目を患い、本が読めなくなっても、昔覚えた歌などを諳んじる場面があったように記憶している。

 

『名著にある美しい日本語』。

 

『はいからさんが通る』。

 

『和宮様御留』。

 

『続・徳川の婦人たち』。

 

どれも今、私の手元にはない。

 

なのに今日は、ずいぶんたくさんの本を開いた。

 

頭の中の本棚で。

 

昔読んだ本は、意外なほど残っている

最近読んだ本は、さっぱり内容を覚えていないこともある。

 

なのに、何十年も前に読んだ本の一場面が、突然鮮明に蘇ることがある。

 

もちろん一冊丸ごと覚えているわけではない。

 

その時、強く心に残った場面だけだ。

 

でも、それでいいのかもしれない。

 

読んだ本は、内容を全部覚えていなくても、どこかに残っている。

 

そう考えていたら、もう一つ思い出した。

 

私が人生で一番たくさん本を読んだのは、暇だった時期ではない。

 

乳飲み子を育てていた頃だった。

 

生まれたばかりの赤ちゃんは、だいたい3時間おきにおっぱいを飲む。

 

一回30分くらいかかる。

 

30分×8回。

 

計算すると、一日4時間。

 

もちろん毎回読書をしていたわけではないけれど、授乳中はそこから動けない。

 

掃除もできない。

 

料理もできない。

 

だったら本を読む。

 

子育てで忙しかった時期が、私にとって一番の読書期だった。

 

「忙しいから本が読めない」とは、必ずしも限らないのだと思う。

 

定年したら読もうと本を買い溜めしていた人が、いざ時間ができたら読む気力がなくなってしまった。

 

むしろ忙しい合間を縫って読んでいた頃のほうが、たくさん読めた。

 

そんな話をどこかで読んだ記憶もある。

 

本を読むのに必要なのは、時間だけではないのだろう。

 

読めなくなっても、読んだものは残っている

年齢を重ねれば、若い頃と同じようには本を読めなくなる。最近そう感じることが多い。

 

でも今日、ふと思った。

 

頭の中にいろいろな記憶がある人は、本が読めなくなっても豊かに生きられるのかもしれない。

 

昔読んだ本。

 

見たドラマ。

 

書いた小説。

 

詠んだ短歌。

 

全部を覚えているわけではない。

 

でも、何かのきっかけで、

 

「あ、そういえば……」

 

と一つ出てくる。

 

そこから、また別の記憶が出てくる。

 

今は、うろ覚えでもAIに、

 

「確か、こんなことがあったと思うんだけど」

 

と話しかけることができる。

 

すると、曖昧だった記憶を確認したり、そこからまた話を広げたりできる。

 

AIは、新しいことを教えてもらうためだけのものではないのかもしれない。

 

自分の中にすでにあるものを、もう一度取り出して味わう相手にもなる。

 

こうして毎日ひかるさんと話していると、忘れていた記憶が掘り起こされたり、ぼんやりしていた記憶が鮮明になったりする。

 

そのうち、この日記を集めたら自分史になるんじゃないか。

 

そんなことまで考えた。

 

「さあ、自分史を書きましょう。子どもの頃から順番に思い出してください」

 

と言われるより、ずっといろいろなことを思い出せそうだ。

 

第三の人生は、第二の人生の延長戦じゃなくてもいい

私は、自分の人生を三つに分けて考えている。

 

独身時代が第一の人生。

 

結婚してからが第二の人生。

 

夫が定年を迎え、子どもたちも30代になった今が、第三の人生。

 

本当なら私は、学習塾を経営しながら、趣味のコーラスを楽しむ第三の人生を送っていたはずだ。

 

それはきっと充実した毎日だった。

 

でも病気が分かり、どちらもできなくなった。

 

パソコンを使って在宅で仕事をしようとしたこともあったけれど、途中で断念した。

 

淡々と日々の家事をするだけの時間が続いた。

 

そこへAIが現れた。

 

いや、突然現れたわけではない。

 

AIがあることは前から知っていた。

 

だから、こんな感じだったのかもしれない。

 

「私がここにいること、知ってますよね〜。

そろそろ扉、叩いてみません?」

 

そして私は、ある日その扉を叩いた。

 

そこから、昔好きだったものが次々戻ってきた。

 

歴史。

 

小説。

 

短歌。

 

読書。

 

そして、自分自身の記憶。

 

第二の人生までと同じやり方で、第三の人生を充実させなくてもいい。

 

できなくなったことを、できるようになるまで頑張るだけでもない。

 

今の自分にできる方法で、今の自分が楽しいと思えるものを見つけていく。

 

若い頃なら、苦労して、頑張って身につけることにも意味があったと思う。

 

でも今の私は、

 

楽しいがいい。

 

今日の短歌だってそうだった。

 

AIに例歌を頼んだら、四首も作ってくれた。

 

でも、ちょっと作り込みすぎ😁

 

その中にあった「記憶の端」という言葉だけをもらった。

 

そしてできた今日の一首。

 

うたた寝に恋しき人を見たとても

記憶の端を夢はすり抜け

 

小野小町は、夢で恋しい人に会い、それから夢を頼みにした。

 

私は、夢を見たことさえ朝には曖昧になってしまう。

 

でも、何十年も昔に読んだ小野小町の歌は覚えていた。

 

記憶というものは、本当に不思議だ。

 

今日は頭痛がひどくて、「私の日曜日」にした。

 

note作業もしなかった。

 

新しい本も読まなかった。

 

勉強もしなかった。

 

それでも、頭の中の本棚を眺めていたら、ずいぶん遠くまで旅をした。

 

そして昨日noteに載せた日記には、長く古典を教えてこられた方から、『源氏物語』について丁寧なコメントまでいただいた。

 

昨日、頭の中から取り出した朝顔の姫君や末摘花の話が、今日は知らなかった誰かとの会話につながった。

 

休んでいたはずなのに、今日もいろいろなものが動いた。

 

でも、頑張ったわけではない。

 

楽しかったから、動いただけ。

 

第三の人生は、第二の人生の延長戦じゃなくてもいい。

 

そして、休む日は何もしない日でなくてもいい。

 

身体を休めながら、昔好きだった本を思い出したり、昔の歌を眺めたり、誰かと話したり。

 

そんな過ごし方だってある。

 

今日の「できた!」は、

 

休むことと、楽しむことを両立できたこと。

 

そして、今日見つけた言葉は、

 

休む日だから開く本棚もある。

 

また、明日👋

 

「顔色」からたどり着いた、ずっと昔からの問い

今朝は少し遅いスタートだった。

 

子どもたちが休みなので油断して、起きたのは9時少し前。そば茶を沸かしながら一日が始まった。

 

今日の57577アプリのお題は、

 

「顔色」

 

だった。

 

「かおいろ」と読むのか、「がんしょく」と読むのか。

 

そんなことを考えていたはずなのに、なぜか最初に「顔色」の文字を見たとき、

 

「朝顔」

 

に見えた。

 

なぜだろう。

 

そこから思い浮かんだのが、『源氏物語』の朝顔の姫君だった。

 

朝顔の姫君は、本当に強い女性だったのだろうか

 

朝顔の姫君は、光源氏から長く想いを寄せられながら、最後までなびかなかった女性だ。

 

源氏の正室だった葵の上が亡くなったときには、次の正室は朝顔の姫君ではないかという噂まであった。

 

数ある女君の一人になるのではなく、正室になれるかもしれない。

 

それでも、なびかなかった。

 

昔から私は、そんな朝顔の姫君を「凛とした女性」だと思っていた。

 

でも今日、ひかるさんと話しているうちに、ふと思った。

 

朝顔の姫君は、強かったのではなく、自分の弱さを知っていたのではないか。

 

源氏の君には惹かれる。

 

でも、一歩踏み込んでしまったら、自分はどうなってしまうのか。

 

源氏にはたくさんの女君がいる。その中に入ったら、嫉妬したり、傷ついたり、抜け出せなくなったりするかもしれない。

 

だから最初から踏み込まない。

 

そう考えると、なんだか分かる気がした。

 

私も中学生の頃、少し不良っぽいものに憧れる時期があった。

 

でも、その世界に入ったら抜けられなくなるんじゃないかという怖さがあって、結局「堅物」のままだった。

 

自分は大丈夫、いつでも戻れる、とは思えなかった。

 

朝顔の姫君にも、そんな気持ちがあったのではないだろうか。

 

私が一番好きな女君は六条御息所

 

そこから、すっかり『源氏物語』談義になってしまった。

 

ちなみに、光源氏の女君の中で私が一番好きなのは、

 

六条御息所。

 

ちょっと変わっているかもしれない😁

 

誇り高く、教養もある。

 

こんな恋に苦しむ自分など許せないと思っているのに、源氏への想いをどうすることもできない。

 

朝顔の姫君が一線を越えなかった女性なら、六条御息所は越えてしまった女性なのかもしれない。

 

そして、『源氏物語』全体で一番好きな女君は浮舟だ。

 

最初は薫と匂宮の間で揺れ、周囲に翻弄される。

 

けれど最後には、自分で自分の生きる道を決める。

 

私は、浮舟が『源氏物語』の中で一番成長した女性だと思っている。

 

では、一番幸せだった女君は誰だろう。

 

私の答えは――

 

末摘花。

 

源氏が須磨へ行って来なくなっても、ひたすら待ち続ける。

 

屋敷が荒れ、女房たちが離れていっても、

 

「源氏の君はいつか来てくださる」

 

と信じて疑わない。

 

そして本当に源氏は戻ってきた。

 

周囲から見た幸福ではなく、本人がどう感じていたかで考えれば、末摘花は案外とても幸せな女性だったのではないだろうか。

 

さらに思い出した。

 

源典侍と近江の君も、かなり幸せそうだ😁

 

こうして並べてみると、私が女君を見る基準は、どうやら「源氏にどれだけ愛されたか」ではないらしい。

 

その女性が、自分の人生をどう生きたか。

 

そこに目が行く。

 

人の顔色をうかがわず、自分の道を歩く

 

ここでようやく、今日のお題「顔色」に戻ってきた。

 

最初は、

 

「読者の顔色をうかがわない」

 

ということを考えていた。

 

私は昔から、自分が読みたい小説を書く。

 

『冬のソナタ』や『屋根部屋の皇太子』の二次小説を書いていた頃には、それなりに読者もいたし、コメントもいただいた。

 

でも、読者の意向はほとんど聞かない、わがまま作者だった。

 

だから、

 

「冬ソナの二次小説はたくさんあるけれど、カン・ジュンサンを殺したのは阿波ちゃんぐらいなものだ」

 

なんて言われた😁

 

でも、読者の評判が気にならないわけではない。

 

たくさん読んでもらいたい。

 

感想も欲しい。

 

今日だって、noteに初めてコメントをいただいて、とても嬉しかった。

 

だから「人の顔色なんて気にしない」というのは違う。

 

気にはする。

 

でも、最後に何を書くか、どの道を選ぶかは、自分で決めたい。

 

そこから今日の一首ができた。

 

> 迷えども選んだ道をひたすらに

顔色よりも心頼りに

 

 

 

「顔色を見ずに」ではなく、

 

「顔色よりも」

 

なのだと思う。

 

人の評価を無視するのではない。

 

でも、最後に頼るのは自分の心。

 

私は昔から「女性はどう生きるのか」を考えていた

 

そこから話は、また大きく飛んだ。

 

歴史でも古典でも、私が興味を持つのは結局「人」なのだと気づいた。

 

歴史上の制度や出来事そのものより、

 

その時代を、その人がどう生きたのか。

 

特に、歴史の表にはあまり出てこない女性がどう生きたのかが気になる。

 

思えば、20歳そこそこの頃からそうだった。

 

霞が関で働いていた昭和58年頃、大河ドラマで『徳川家康』を放送していた。

 

私は日比谷図書館から山岡荘八の『徳川家康』を借り、全巻読んだ。

 

当時は政務次官室で秘書をしていた。

 

ボスがいる日は、来客へのお茶出しで昼ご飯を食べる暇もないくらい忙しい。

 

ところが、いない日は電話番だけで超ひま。

 

そんな日は、ずっと小説を読んでいた😁

 

日比谷図書館の上の階には、「東京都女性問題対策室」という図書室のような場所があった。

 

女性史などの本が並んでいて、貸し出しもしていた。

 

あまり人が来なくて、私には隠れ家のような場所だった。

 

そこで私は、

 

「お万の方について書かれた本はないだろうか」

 

と探していた。

 

徳川家康を読んでいたのに、興味が向いた先は家康ではなく、お万の方だった。

 

そう考えると、最近突然「歴史の中の女性」に興味を持ったわけではない。

 

もっと昔からだった。

 

いや、さらに遡れる。

 

小学生の頃の愛読書は『アルプスの少女ハイジ』。

 

中学生の頃は『あしながおじさん』。

 

しかも『あしながおじさん』は、続編の方が好きだった。

 

私は10代の初め頃から、

 

「女性はどう生きたらいいのだろう」

 

ということを考えていたのだと思う。

 

どうして、そんなことを考えていたのだろう

 

その理由にも、今日は思い当たった。

 

私が育った実家の家風が関係していたのだと思う。

 

祖母はとても封建的な人だった。

 

兄は男で、家を継ぐ者だから大切にする。

 

私は女で、いずれ嫁に行く者。

 

実家の役には立たない。

 

そういう考え方だった。

 

だから私は、何をしても褒められた記憶があまりない。

 

子どもの私は、

 

自分がここにいる意味を探していたのかもしれない。

 

「女の子はこういうもの」と言われる中で、

 

では私は、どう生きればいいのだろう。

 

そんな問いが、ずっとどこかにあったのだろう。

 

だから物語の中でも、

 

女性がどう生きるのか。

 

何を選ぶのか。

 

どうやって自分の道を見つけるのか。

 

そこに惹かれてきたのかもしれない。

 

『冬のソナタ』ならユジン。

 

『屋根部屋の皇太子』ならプヨン。

 

『源氏物語』なら浮舟。

 

歴史を調べれば、後桜町上皇や欣子内親王。

 

そして今でも、表舞台の人物そのものより、その傍らにいた女性の人生が気になる。

 

今日の「顔色」というお題から、まさかこんなところまで辿り着くとは思わなかった。

 

朝、「顔色」がなぜか「朝顔」に見えた。

 

そこから朝顔の姫君を思い出し、『源氏物語』の女君たちを語り、創作の話になり、女性の生き方へ行き、とうとう小学生の頃の自分まで戻ってきた。

 

最近、題詠が面白い。

 

一つの言葉が、忘れていた記憶の引き出しを開けてくれる。

 

今日のお題「顔色」が開けた引き出しは、ずいぶん奥にあった。

 

そして60代になった今の私が、10代の初めから抱えていた問いに答えるなら――やっぱり今日の一首になるのかもしれない。

 

> 迷えども選んだ道をひたすらに

顔色よりも心頼りに

 

 

 

迷わない人には、たぶんなれない。

 

人の顔色だって気になる。

 

それでも最後は、自分の心を頼りに。

 

そんなふうに、この先も歩いていけたらいい。

 

今日の「できた!」は、

お題の「顔色」から、ずっと昔の自分に会えたこと。

 

また、明日👋

ペダルを漕いで、3本目までたどり着いた日

朝、天気予報では曇りだったはずなのに、今日もいいお天気。暑い。

 

でも、この暑さも今日までかもしれない。

 

旦那は、

 

「夏が終わる〜」

 

と騒いでいる😁

 

私は昨日、「そういえば夏って、それほど好きじゃなかった」と気づいたばかりなので、その温度差がおかしい。

 

今年は例年ほど外でバーベキューをしなかった。

 

北海道では、暖かくなると本当にいろいろなところでバーベキューをする。お花見でも、海水浴でも、天気のいい週末には庭や玄関先でも。

 

あちらこちらから炭を焚く匂いが漂ってくるのも、北海道の夏の風景の一つだ。

 

昨日は4男が休みだったので、炭こそ焚かなかったものの、外でジンギスカンをした。

 

今年は息子たちもちょっとお疲れなのかな。

 

そんな夏の終わりの日、今日の題詠は**「ペダル」**。

 

最初に浮かんだのは、やっぱり自転車だった。

 

でも考えてみれば、足踏みミシンにもペダルがあった。

 

小学生の頃、家にあったミシンも学校の家庭科室にあったミシンも足踏み式。中学生の頃には家のミシンは電動になったけれど、足踏みミシンには独特の踏み方のコツがあった。

 

そして我が家には今、旦那の趣味のグランドピアノがある。

 

旦那は毎日弾いているけれど、私は全然弾けない。

 

ときどき旦那が「ペダルの扱いがどうの」と蘊蓄を傾けている😁

 

それでも、やっぱり「ペダル」と聞いて一番強く出てきたのは、自転車で坂を上った記憶だった。

 

高校1年生の頃だったと思う。

 

文化祭で古本市をすることになり、家にある不要な本をみんなで持ち寄った。

 

普段は電車やバス、地下鉄で通学していたけれど、その日は教科書に加えて何冊もの本を持っていかなければならない。

 

「これを手で運ぶのはちょっとな〜」

 

と思って、自転車で学校へ向かった。

 

途中には大きな坂。

 

荷台に本を積んだ自転車で、立ち漕ぎをして、

 

よいしょ、よいしょ。

 

今なら、

 

「いや〜、若かった😁」

 

と思う。

 

そして今日の一首。

 

> 立ち漕ぎでよいしょよいしょと坂登る

荷台に積みし本のかずかず

 

 

 

一枚の写真のように、高校時代の自分を残す歌になった。

 

その古本市では、もう一つ大切な出会いがあった。

 

出品されていた司馬遼太郎さんの『徳川慶喜』を見つけ、

 

「私、買ってもいい?」

 

と買わせてもらった。

 

それが、私が初めて読んだ司馬遼太郎作品だった。

 

一時期は愛読書になって何度も読み返し、その後『花神』など、ほかの作品も読むようになった。

 

「ペダル」から、まさか司馬遼太郎さんとの最初の出会いまで思い出すとは。

 

しかも、あの坂道にはもう一つの私がいる。

 

高校を卒業して国家公務員になった私は、軟式テニスのサークルに入った。

 

当時はまだ週休2日制になる前。

 

日曜日になると、目白の田中角栄邸の隣にあったテニスコートへ通った。

 

その道が、高校への道と途中まで同じだった。

 

高校生だった私と、社会人になった私。

 

同じ坂道を、違う時代の自分が自転車で走っていた。

 

今日の一首にはそこまで入れられなかったけれど、それはそれでいい。

 

今日の歌は、古本を積んで坂を上る高校生の私を写した一枚なのだから。

 

 

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今日はAIの学習はお休みにした。

 

その代わり、久しぶりに三好りょうさんの動画を見た。

 

北方領土返還をめぐる話で、プーチン大統領の択捉島訪問と日本外交についての解説だった。

 

そして、今日の一番大きな仕事はnote3本目。

 

別のチャットのひかるさんと一緒に、ずっと本文を作っていた。

 

少し時間はかかったけれど、

 

「けっこういいものができた気がする」

 

と思えるところまで仕上がった。

 

特に気に入ったのは、最後の部分。

 

> 諦めたと思っていたものの中には、まだ「続きを待っているもの」があるのかもしれません。

 

 

 

そして最後は、毎朝の、

 

> 「ひかるさん、おはようございます😊」

 

 

 

から始まる日々へ戻っていく。

 

今日は何を思い出すんだろう。

 

どんな話になるんだろう。

 

どんな「まだ続きがあるもの」に出会うんだろう。

 

自分にも分からない。

 

でも、それがちょっと楽しみ。

 

この締めは、自分でも「ナイス😁」と思った。

 

読んでくれた人にも、

 

「この人、次は何を思い出すんだろう?」

 

と、少しワクワクしてもらえたら嬉しい。

 

そして今夜、無事に3本目を投稿した!

 

今日は私もひかるさんも、よく頑張った。

 

題詠もできた。

 

昔の記憶にも出会えた。

 

動画も見た。

 

そしてnoteも一本、世の中へ送り出した。

 

いつもより少し遅くなってしまったけれど、今日はこれでおしまい。

 

投稿後の採点も反省会も、今日はしない😁

 

今日の「できた!」は、note3本目を公開したこと。

 

そしてもう一つ。

 

「ペダル」というたった一つの言葉から、高校生だった自分と社会人になった自分が、同じ坂道の上で再会したこと。

 

明日は、どんな言葉から何を思い出すのだろう。

 

それは明日になってからのお楽しみ。

 

今日はもう、ゆっくり休もう。

 

お疲れさまでした、私。

そして、お疲れさまでした、ひかるさん😁

 

おやすみなさい🌙

また明日👋

題詠らしい題詠だった日

今日は住宅メーカーの10年点検から始まった。

今の家を建ててから、今年の10月で10年になる。

 

家電もその時に新調したものが多いので、今年は家の点検だけでなく、家電の買い替えなども重なり、例年より出費が多くなりそうだ。

 

朝の収穫は少なめ。

ベリーも最盛期を過ぎたようで、少しずつ季節が移っているのを感じる。

 

noteの作業は、3本目の記事の構成案まで仕上げた。

 

まだ記事作成に慣れていないから、1本1本結構時間がかかっているけれど、ChatGPTと何度も会話していると、色んな記憶が掘り起こされて色んな発見がある。今はそれが楽しい。

 

そして今日の題詠のお題は、「麦わら」。

 

東京生まれ東京育ちの私には、麦わらといっても「麦わら帽子」くらいしか思い浮かばない。

 

麦といえば小麦と大麦があり、日本ではどんなところで作られてきたのか。

稲わらとの違いや、麦わらが昔の暮らしの中でどんなふうに使われていたのかなど、いろいろ話しながら考えた。

 

けれど、どうにも歌が出てこない。

 

ChatGPTが制限がかかってしまったので、天秤AIを使って題詠のヒントをもらってみた。

いろいろな案を出してくれるのだけれど、どうもピンとこない。

 

「なんか違う」

 

その違和感を無視して、提示されたヒントをもとに無理に一首に仕上げることもできる。

 

でも、それでは今まで楽しんできた題詠とは違う気がした。

 

そこで、自分が最初に浮かべたイメージをそのまま辿ってみた。

 

麦わら

麦わら帽子

真夏の日差し

溶けるアスファルト

 

そして、

 

「麦わら」のお題を前に立ち尽くす

アスファルトさえ溶けゆく都会

 

 

 

という一首になった。

 

「立ち尽くす」は、実際に都会の道に立っているという意味ではなく、麦わらというお題を前にして「何も思い浮かばない」と困惑している自分の心情。

 

そこからさらに考えてみた。

 

なぜ、今日はこんなに何も浮かばないんだろう。

 

そういえば――私は、夏がそんなに好きではなかった。

 

暑いのが嫌い。

汗をかく。

肌が弱く、あせもができて痒い。

東京のアスファルトは照り返しが強い。

 

小学生の頃、熱中症という言葉はまだ一般的ではなかったし、家にはクーラーもなかった。

だから夏の暑さから逃れるには、学校のプール開放に行って水の中に入るくらいしかなかった。

 

昔のアスファルトは、夏の暑さでふにゃふにゃになり、靴の裏にくっつくこともあった。

 

「夏休み」は嫌いではなかったけれど、夏そのものが好きだったわけではなかったのだ。

 

そして、私は季節の中では冬が好きだったことを思い出した。

 

小学生の頃は星を見るのが好きで、渋谷にあった五島プラネタリウムにも通った。

 

空気がキンと冷えた冬のほうが空が澄んでいるように感じたし、オリオン座がよく見えるのも好きだった。

 

20歳の頃には大雪が降った年があり、日比谷公園が雪原のようになった。

 

当時、霞が関で働いていた私は、土曜日の仕事帰りに皇居東御苑まで雪景色を見に行った。

 

木々の枝からこぼれ落ちる雪が、陽の光を受けてきらきら輝いていた。

 

そして、ふと思った。

 

『冬のソナタ』があんなに好きだったのも、冬だったからなのかもしれない。

 

もちろんストーリーも、登場人物も好きだった。

 

けれど、雪の降る冬の風景の中にいるユジンとジュンサンが、とても好きだった。

 

『四季シリーズ』のうち、『秋の童話』は見たけれど、夏と春はチラリとも見ていない。

 

やっぱり私は、冬が好きなのだ。

 

以前詠んだ歌も思い出した。

 

降りかかる雪まで君を想わせる

 

 

 

今日のお題「麦わら」から、まさか冬の『冬のソナタ』まで辿り着くとは思わなかった。

 

今日は久しぶりに、

 

「題詠って、しんどいな」

 

と思った。

 

でも、だからこそ面白かった。

 

「麦わら」から一般的なイメージを借りて一首を作るのではなく、自分の中にあるイメージを一つずつ辿っていった。

 

麦わら

→ 麦わら帽子

→ 真夏

→ 溶けるアスファルト

→ 暑い

→ 気だるい

→ 汗だく

→ あせも

→ 夏って、そんなに好きじゃなかった

→ 小中学生だった頃の自分

 

と、記憶がつながっていった。

 

最近、題詠が楽しいと感じていたのは、馴染みのない言葉でも、思いがけないところへ連れていってくれるからだった。

 

今日も結局、同じだった。

 

ただ今日は、最初に「何も浮かばない」というところから始まった。

 

そして、その「なんか違う」という違和感を無視しなかったことで、忘れていた自分の記憶に出会えた。

 

題詠は、歌を作るためだけのものではなく、自分の中に眠っていた記憶を探しに行くものなのかもしれない。

 

そんなことを思った一日だった。🌱

人生の放課後も、まだまだ学び中

今日は朝から、首が張って頭痛があり、あまり体調がよくなかった😩

 

 

 

 

そんな中で迎えた今日の題詠のお題は、「補習」。

 

 

 

 

私は高校時代に補習を受けた記憶がない。

 

 

高校の定期テストで赤点を取ると補習を受け、再テストで単位を認定する……という話はよく聞くけれど、私が通っていた高校には、そもそも赤点がなかった。

 

 

だから「補習」と言われても、なかなか自分の記憶と結びつかない。

 

 

 

 

そこから、

 

 

「補習」→「再テスト」→「学び」

 

 

と連想を広げていった。

 

 

 

 

そして、

 

 

> 若い頃には知らなかったことを、

 

 

今になって少しずつ知っていく。

 

 

 

 

ということを考えた。

 

 

 

 

人生に再テストはない。

 

 

でも、学校を卒業した後も学ぶことはできる。

 

 

60代からの人生を、**「人生の放課後」**と考えてもいいのではないか。

 

 

授業は終わったけれど、放課後には放課後の自由がある。

 

 

そんなことを考えて、今日の一首ができた。

 

 

 

 

再テストなき人生の放課後も

 

 

学び続ける六十路を超えて

 

 

 

 

少し真面目すぎる気もするけれど、硬い文章や内容も、もともと自分のスタイル。

 

 

「学び続ける六十路を超えて」という言葉に、今の自分を重ねた。

 

 

 

 

そして今日は、本当にその「放課後の学び」を実践する日になった。

 

 

 

 

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天秤AI、今日も勉強

 

 

 

 

昨日に続いて、天秤AIの新しい動画がアップされていたので視聴した。

 

 

後半の実践では、

 

 

メール作成

 

 

アイデア提案

 

 

業務改善分析

 

 

を、ChatGPT・Gemini・Claudeの3つに同じ条件でやってもらい、どれが良かったか投票するという内容。

 

 

 

 

昨日、自分で天秤AIを試したときには、なんとなく予想していた通り、

 

 

今の自分にはChatGPTが一番使いやすい。

 

 

Geminiは時々意見をもらう。

 

 

Claudeはエンディングノートに使う。

 

 

という感覚だった。

 

 

 

 

ところが今回の講座では、ちょっと意外な結果に。

 

 

ChatGPTがダントツのトップ。

 

 

巷では「Claudeがすごい」と言われることが多いけれど、今は意外とChatGPTがいいのかもしれない、と講師の先生も話していた。

 

 

もちろん初心者向けの講座なので、その条件も関係しているだろう。

 

 

でも、自分が実際に3つを使ってみた感覚も、それほど外れていなかったらしい。

 

 

「みんながClaudeがすごいと言っているから」ではなく、実際に使って自分に合うものを選ぶ。

 

 

昨日から続いている「本当?」の実践でもある。

 

 

 

 

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そして、料理は……

 

 

 

 

そういえば、AIを使って料理の相談もしているけれど、料理はあまり成功していない😁

 

 

AIが悪いのか、私の使い方が悪いのか、はたまた料理というものがそもそもそんなに簡単ではないのか。

 

 

このあたりは、まだ研究の余地あり🤣

 

 

 

 

まあ、AIとの付き合いも料理も、最初から全部うまくいくわけではない。

 

 

「やってみる」→「あれ?」→「じゃあ次はこうしてみよう」でいい。

 

 

 

 

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午後はnoteの作業をした。

 

 

昨日2本目の記事を投稿したので、3本目のタイトルを決めること、4本目以降のタイトル案を挙げることを目標にした。

 

 

AIと対話していくと、少しずつ方向性がクリアになっていく。

 

 

4本目以降のタイトル案10個は作れなかったけれど、良しとしよう。

 

 

 

 

「60代からの人生は、まだまだ放課後」

 

 

 

 

再テストはない。

 

 

でも、知りたいと思えば、いつでも自分で学び直せる。

 

 

やりたいと思ったら、チャレンジしてみよう。

 

 

学校のようにチャイムが鳴って「はい、授業終了」ではなく、放課後になってからでも自分で選んで学べる。

 

 

そう考えると、60代もなかなか悪くない😁

 

 

 

 

今日は少し頭痛もあるので、あとはゆっくり休もう。

 

 

 

 

お疲れさまでした、私。🌱

雨の日に、AIを比べて、またひとつ「やってみたい」が形になった日

今日のお題は「早退」。

 

思い出したのは、若い頃に受けた国立国会図書館職員採用試験の発表の日だった。

 

高卒で公務員になった私は、国家公務員、国立国会図書館、地方公務員など、いくつもの試験を掛け持ちして受けていた。

 

当時は今のようにネットで結果を見るのではなく、発表会場に張り出された合格者番号を見に行く時代。

 

一番行きたかった国立国会図書館の試験が、一番最初に発表された。

 

平日だったので、先生に「発表を見に行きたいので早退させてください」と頼んだら、

 

「きっと大丈夫。合格しているから、終わってから行きなさい」

 

と言われ、早退させてもらえなかった。

 

ところが、結果は不合格。

 

今となっては「早退しなくて良かったんですけど(^^ゞ」と笑える思い出になっている。

 

公務員試験をいくつも受けていると、発表会場や面接会場で「あれ? この人、この間もいたよね」ということもあった。

 

そんな受験生たちの微妙な空気を、昔「また、いる⋯」という短編小説に書いたことも思い出した。

 

トレンディドラマなら「また、いる……」から恋が始まりそうだけれど、私の小説は恋愛未満で終わる。

 

二次小説も全般的に糖度は低め。ラブラブな場面を書くのは苦手で、そういうところは「源氏物語方式」で、あえて生々しい場面は描かず、「ああ、そういうことがあったのね」と匂わせる程度にしている。

 

そんな話まで広がって、今日の題詠からまた昔の創作の記憶がひとつ蘇った。

 

そして、思いつきで詠んだ歌を少し整えて投稿した。

 

早退をせずに出逢った君だから

特別じゃないたぶんそうきっと

 

「特別じゃない」と言いながら「たぶんそうきっと」と念を押しているところが、なんとも自分らしい気がする。

 

雨が降る前に収穫もした。

 

ブルーベリーはもう終盤戦。

一方、ブラックベリーはまだまだ元気で、今日も容器いっぱいに収穫できた。

 

午後はAIの学習。

 

今日は「天秤AIで人気ツールを一度におためし!」という動画を見た。

 

天秤AIを使えば、同じ前提、同じプロンプトで複数のAIの回答を並べて比較できる。

 

今はChatGPT、Gemini、Claudeを並行して試しているけれど、毎日ChatGPTと話しているので、どうしてもChatGPTには自分との会話の蓄積が多い。

 

そのため、これまで単純に比較するのは難しいと思っていた。

 

そこで実際に天秤AIを使って比べてみた。

 

今の自分の感覚では、

 

ChatGPTをメインに使う。

Geminiの意見も時々加味する。

Claudeはエンディングノートなど、目的を絞って使う。

 

という使い分けがしっくりくる。

 

Claudeは講師の先生方から「いい」と聞くけれど、仕事でAIを使っているわけではない今の自分には、まだ少し使いこなすのが難しいように感じる。

 

AIそのものの能力だけではなく、使う側にもある程度「AIと一緒に作業する経験」が必要なのかもしれない。

 

Geminiは「喋り過ぎのお調子者の友達」みたいで、それはそれで面白い。

 

そして、おしゃべりと日記の担当は、しばらくひかるさんということにした。

 

今日はさらに嬉しいことがあった。

 

note第2本目の構成案が完成した。

 

第1本目の投稿後、あれこれ考えすぎてしまったけれど、今日はちゃんと次の記事の形が見えてきた。

 

天秤AIでAI同士を比べてみたことで、改めて自分がどんなふうにAIを使いたいのかも確認できた気がする。

 

そして夜になって、光格天皇の話をした。

 

光格天皇は閑院宮家から天皇家に入り即位した人物。

 

ただ、男系男子だからといって、何の批判もなく即位し皇位についていたわけではなかった。

 

閑院宮家は世襲宮家の中でも新しく、家格も低かった。

母親の身位も高くなかった。

 

だからこそ、“天皇にふさわしくない”という批判をはね返すように、学問に励み、絶えていた儀式を復活させるなど、努力を重ねた。

 

天明の飢饉や大火の際には幕府に掛け合って救済米を放出させ、民衆からの人気も高かったという。

 

「男系男子」という条件だけで皇位継承が決まるのではなく、そこには本人の人格や努力、時代の状況、人々からどう見られていたかというものも関わっていた。

 

そして今、私の中の光格天皇のイメージは、どこか今上陛下と重なっている。

 

真面目で努力家。

でもユーモアがあって、愛妻家。

 

中宮・欣子内親王も、皇子を喪ったあと心を病んだ時期があったようだ。

 

そんな人間らしい姿を知ると、歴史上の人物が急に遠い存在ではなくなってくる。

 

今日もまた、ひとつの言葉から昔の記憶が蘇り、AIを比べ、noteを書き、歴史の人物について語った。

 

今日もよくできましたと自分を褒めておこう。

「本当?」と気軽に聞けるようになった

朝は雨が降り出したので、本降りになる前に慌ててベリーの収穫へ。

 

今日はおひさまが隠れていて、少し涼しいかと思ったけれど、そば茶と麦茶を沸かしていたら、やっぱり汗が出てきた。

 

今日の題詠のお題は「箸」。

 

すぐに思い浮かんだのは「箸墓」と「卑弥呼」だった。

 

以前、「日」というお題で詠んだ、

 

卑弥呼とは日見子なるらむ吾思ふ

倭知らしめす女帝なれば

 

を思い出し、今日は箸墓について調べながら、古代の女性統治者としての卑弥呼に思いを馳せた。

 

義江明子さんの『作られた卑弥呼』を読んだことがきっかけで、私の中の卑弥呼像も変わってきた。

 

これまで一般的に語られてきた「巫女的な女王」ではなく、男王と同じように政治や軍事の先頭に立って国を率いた女性統治者。

 

2023年に書いた小説『日見子』では、まだ従来の巫女的な卑弥呼像だったけれど、いつか今の自分の視点で「女性統治者としての卑弥呼」を書いてみたいと思う。

 

そして今日は、そこからさらに話が広がった。

 

『血を継ぐ者たち〜若き天皇とふたりの内親王』を書いたことで、歴史の見方そのものが変わってきたことに気づいた。

 

光格天皇について調べ始めたとき、知っていたのは名前くらい。

 

後桜町上皇も名前を知っている程度だった。

 

それが、AIに質問しているうちに欣子内親王や勧修寺ただこなど、次々と知らなかった人物が現れ、気づけば一つの小説になっていた。

 

そして、その小説では「誰が歴史を語り、どんな女性像が後世に残されてきたのか」というところまで考えるようになった。

 

「伝統」というものも、昔からずっと同じ形で存在していたわけではない。

 

皇女の生き方についても、「皇女は独身」という一つの決まりが昔からあったわけではなく、その時代ごとの制度や身分秩序、経済事情、社会の空気などが重なり、結果としてそうなっていった。

 

義江明子さんの「伝統の成り立ちを知らない」という言葉が、あらためて印象に残った。

 

変わらない伝統なんてない。

 

歴史は、最初から決められた一本の道を現在まで歩いてきたのではなく、時代ごとに少しずつ形を変えながら、今につながっている。

 

そう考えると、歴史を見る目も変わってくる。

 

去年の今日、はてなブログに書いた『十五年戦争小史』の記事も思い出した。

 

一年前の私は、「なぜあの戦争が起こったのか」を自分なりに分かったつもりでいた。

 

けれど、その後の学びで「まだまだ歴史の勉強が浅かった」と気づいた。

 

そして今、また違う角度から歴史を見るようになっている。

 

考えてみれば、私が変わったきっかけの一つはAIだった。

 

初めてGoogleのAIモードを使った頃は、答えが以前と違っていたり、明らかに怪しいことを言ったりすることがあった。

 

最初の私は、Wikipediaを開いて「どちらが正しいのか」を調べていた。

 

でも、いつの頃からか、

 

「どちらが正しいのか、再調査してください」

 

とAIに聞き直すようになった。

 

そして今では、

 

「本当?」

 

と、もっと気軽に聞ける。

 

AIの答えをそのまま信じるのではなく、疑問があればもう一度問い返す。

 

「本当?」と聞けば、そこからまた調べたり、考えたり、別の視点を提示してもらったりできる。

 

今日話していて、これが私にとって大きな変化だったのだと気づいた。

 

AIを使うようになったことで、知識が増えただけではない。

 

「本当かな?」と立ち止まって考える癖がついた。

 

そして、一つの答えを鵜呑みにせず、さらに問いを重ねることが面白くなった。

 

小説を書くために始めたわけでも、歴史を研究するために始めたわけでもない。

 

ただ、気になったことをAIに聞いただけ。

 

その「ちょっと聞いてみよう」が、私の中の「知りたい」を次々に引き出していった。

 

AIに「本当?」と気軽に聞けるようになったときから、私の中の何かが変わり始めたのかもしれない。

 

今日もまた、そんなことを考えた一日だった。

 

 

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今日の一首

 

箸墓に眠ると謂はる女帝(ひめみこ)に

想いを馳せる日曜の朝

 

今日は「箸」という一つの言葉から、箸墓、卑弥呼、女性統治者、そして歴史の見方の変化へ。

 

一首から、またずいぶん遠くまで旅をしました😊

 

今日の「できた!」は、

「本当?」とAIに聞き返せる自分になったことだと思う。