優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

ク・ヨンジュンになった日

2002年
サッカーワールドカップで賑わう韓国に
一時帰国した。

 

国中がお祭り騒ぎで盛り上がっている。
だが、俺の心は重く沈んでいた。

 

亡くなる前、ミンジュは
「もう、ハン・ジュニが戻ることはない」
と言った。

たとえそれが嘘だったとしても、
クォン・ミンジュが死んだのだから、
もう二度とジュニに会うことは

できないんだ。

けれど、韓国に戻れば、どうしたって
ジュニを思い出さずにはいられない。
忘れることなど、出来はしない。

 

 

インギュの無実を証明するために
帰国したい思いと、
ジュニを忘れるために
帰りたくない思いが錯綜したまま、
俺は仁川国際空港に着いた。

大学4年生になる前に、
アメリカに残るかそれとも
韓国に戻るか決めなければと思ったからだ。


インギュは、会ってくれるだろうか?

インギュが俺と会って、
ミンジュの事件の再審を
請求する意思があるのなら、
その為に帰国しようと思っていた。


アメリカに移住する前、
ミンジュの事件はまだ捜査中だったから、
容疑者として勾留されているインギュとは、会うことが出来なかった。

俺が事件現場に着いた時は、
すでにミンジュが死んだ後だったから、
俺は目撃者でもない。

だから、担当弁護士に
「インギュは、犯人ではない。
ふたりでミンジュを探していたんだ」
といくら訴えても、
インギュが“自白”してる以上
どうしようもなかった。


インギュは「ミンジュは楽になった」
と言った。
あの言葉の意味は何だったんだろう?

 

理由は分からないが、ミンジュの為に
インギュが嘘をついて“自白”したとしか
思えなかった。

 

インギュは心の優しいやつだ。

それに、あんなにミンジュの事を好きで
支えようとしていたんだ。

インギュが、ミンジュを殺すわけがない。
そんなこと、出来るわけがない。

 

インギュに会えないまま、
あいつの刑が確定しないうちに、
俺はアメリカに移住した。

 

しばらくして、
ミンジュ事件の裁判が終わって刑が確定し、インギュは刑務所に収監されたことを知った。

 

インギュは、容疑を一切否認しなかったという。
しかしそれを聞いても、
ただの大学生の俺には、どうしようもなかった。

 

空港からインギュのいる刑務所に赴いた。

 

面会を申請したが、
インギュは会おうとしなかった。

ミンジュが死んだ時と同じように、
全てを独りで抱え、
俺にはもう心を閉ざしたまま
開こうとしなかった。

 

もしインギュが会ってくれて 
ほんとうのことを話してくれていたら、
友のために帰国を決意したはずだ。

 

俺は重い気持を抱えたまま刑務所を後にし、ノクサン行きのバスを待った。

インギュのおばあちゃんやミンジュの叔父のレコード店の店長に挨拶して、
気持に区切りを付けて、
もう二度と韓国には戻らず
アメリカで暮らそうと考えながら…。

 

バスが来る直前に雷鳴がとどろき、
突然の豪雨になった。

 

バスに乗り込むと、
車内は空いていた。
雨は益々激しくなり、
風も強くなってきた。

 

俺はカバンからプレーヤーを出して、
あの曲を聴いた。

 

アメリカに行ってからは、
あえてこの曲を聴かないようにしていた。

 

もう会うことが出来ないのに、
ジュニの事を思い出すのがつらかったから。

 

それなのに、
なぜこのカセットテープを持ってきたのだろう?

 

インギュとジュニと3人で、
幼馴染みのように
楽しく過ごした日々が蘇る。

 

ジュニの笑顔。
振り向いて手招きする姿。

 

音楽を聴きながら、
いつの間にか、
俺は眠りに落ちていた。

 

バスは、風に煽られた道路標識に
視界を遮られて対向車線に入ってしまい、
対向車を避けようとスリップして
ガードレールを突き破り、
崖から落ちて横転する大事故になった。

 

俺は、数週間意識不明だった。

生きているのが不思議なくらいの
大事故だったのだ。

 

その意識不明の間に、
俺、ナム・シホンの意識は
2007年にタイムスリップし、
ク・ヨンジュンの身体へ入った。

彼もまた、
友人との旅行中に交通事故に遭い
意識不明だったのだ。

 

目が覚めると、
周りは知らない人ばかりだった。

 

俺は、
ク・ヨンジュンとして
目覚めたのだった。