優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

インギュの想い

ナム・シホン。

君に嘘をついて、
自ら命を絶つ僕を許して欲しい。

僕も、もうミンジュのように
楽になりたいんだ。

 

おばあちゃんが生きていれば、
まだ頑張ることが出来たかもしれない。

 

でも、ミンジュもいない、
おばあちゃんもいないこの世界で、
頑張って生きる意味を、
僕はもう見い出す気力が起きないんだ。

 

僕の補聴器を“カッコイイ”
と言ってくれて友だちになった
あの日から、君はいつも
僕の側に居て味方をしてくれた。

 

時には小さな諍いや
ケンカをすることもったけど、
すぐ仲直りして
ずっと親友でいてくれた。
ありがとう。

 

友だちになってくれて、
おばあちゃんの店の手伝いもしてくれた。

IMF危機になるまで、
君のお父さんの商売は繁盛していて、
裕福な家なんだから、
アルバイトなんかする必要がないのに。

 

片耳が不自由な僕を見下すことなく、
いつも対等な友だちとして
接してくれる君に、
僕は感謝しつつも、
やはり心の何処かで
引け目を感じ、
欠ける事のない君に
嫉妬していたんだと思う。

 

同性の僕が見てもカッコイイ君。

運動も勉強もできて、
手先も器用で何でもできる君。

それでいて人を見下すことなく、
威張るわけでもなく、
誰にでも優しく、
誰とでも直ぐ打ち解ける。

 

そんな君が羨ましかった。

 

僕は元々内気な上に、
補聴器のことでからかわれるようになって、

益々人に心を閉ざすようになってしまった。

 

両親も早く亡くし、
祖母に育てられ貧しい家庭の僕。

おばあちゃんは必死に食堂を営んで
僕を育ててくれた。
懸命に愛を注いでくれた。
たったふたりきりの家族。

親戚はいても、
両親が早死にしたからなのか、
疎遠で会ったこともほとんどなかった。

 

友だちのいない僕は、
おばあちゃんを喜ばせるために
勉強だけは必死にやった。

僕にできること
それだけだったから。

 

シホンが友だちになってくれて、
一緒に遊んだり
スポーツも楽しめるようになったけれど、
心の何処かで、
僕のほんとうの淋しさやつらさは、
シホンには分かりはしないと
何処かで勝手に壁を作っていたと思う。
ほんとうの本音は、
彼にも言えず隠していたんだ。

 

シホンは、頭がいいのに
勉強熱心じゃなかった。
それさえ、
僕に一番を譲るためなんじゃないか
と思ってしまう。

 

高校に入って、
ある同級生の女子に出逢った。
彼女はいつも独りでうつむいていた。

 

ある日、屋上で空に向かって
泣きながら呟く彼女を見た。

「変わり者扱いしないで、誰か、
ありのままの私を受け入れて欲しい。
もう、独りはうんざりなの。」

彼女の唇の動きを読んだ僕には、
彼女の抱いている疎外感や淋しさが
痛いほど分かった。

 

「君のつらさが分かるよ。
君は独りきりなんかじゃない。
僕も同じなんだ。
君となら、そのつらさや
痛みを分け合える。
分かり合える。
君は変わる必要なんかない。
そのままで、可愛いし、
魅力的だよ。」

 

僕はそう言ってあげたかった。

でも、僕にはそんな勇気はなかった。

ただ遠くから見ているだけで、
話しかけることさえできなかった。

 

彼女の名前が
クォン・ミンジュという事が分かっても、
2年生になって同じクラスになっても、
ミンジュへの思いを
シホンにさえ言うことはできなかった。

 

でも、その内シホンが
僕の気持ちに感づいて、
後で分かったことだけど
アメリカに移住することが決まって、
僕が独りきりにならないように、
ミンジュと僕を
取り持とうとするようになった。

 

シホンのお陰で
ミンジュと友だちになれたのは
嬉しかったけれど、
彼女が前からシホンが好きなことには
とっくに気づいていた。

 

だから、シホンがミンジュを
殊更に構うことは嫌だった。
それが僕のためだったとしても。
ミンジュがなおさら
シホンに惹かれていくのは
分かっていたから。

それでも、
ミンジュが笑顔になれるのなら、
彼女が幸せなら
僕は見ているだけで良かったのに…

 

ミンジュの誕生日パーティーをした後、
ミンジュのシホンへの想いを
見ていられなくて、
思わず先に家に帰った。

でも、やはり彼女と話したくて
引き返した時、
ミンジュがシホンに告白しているのを
見てしまった。

 

シホンが
「お前は友だちで、
異性として見たことはない。
好きになることはない。」
とはっきり断り、
「告白は、聞かなかったことにしよう。
インギュにバレないようにしろ。」
と言って去った後、
彼女は泣いていた。

 

自分が自信がなくて
シホンに彼女を任せて立ち去ったくせに、
彼女を泣かせたシホンに
僕は憤りを感じ、
これからは僕が彼女を支えるんだ
と心に誓った。

 

その後、彼女は
誰かに殴られて意識を失う事件に遭った。

 

目が覚めたミンジュは、
別人の様になった。

元気が良くて、ハキハキとしゃべり
明るい人気者になった。

僕の好きな、
大人しくてシャイなミンジュは
いなくなってしまった。

元気なミンジュは、
友だちとしては楽しかったけれど、
もう僕は彼女にトキメかなくなった。

 

そしてまたある時から、
元のミンジュに戻り、
あの10月13日になった。

 

彼女の死を避けるため、
シホンと必死で探した。

 

彼女は、以前と同じ屋上で、
空に向かって話しかけていた。

ハン・ジュニという言葉を
何度も口にしていた。

そして、

「自殺すれば
『やっぱりね。いつも独りで
暗い子だったからね。惨めだね』
と言われ、2日も経てば忘れられるけど、
今日誰かに殺されたら、
私のことを皆が覚えていてくれる。

しかも、“惜しい人を亡くした”とか
“いい人だった”とか、
なりたい私のイメージで
覚えていてもらえる。

私は、今日殺されることで、
なりたい私になれるのよ…。」

 

彼女はそう呟いていた。

僕は、彼女のいる屋上に急いで向かった。
でも、カバンを置き去りにして
何処かにいなくなっていた。

 

ミンジュは、犯人から逃げるのではなく、
殺されに行くつもりだ!

 

僕は、思いついて
彼女が殴られた現場に急いだ。

彼女と誰かが諍う声が聞こえた。

建物を駆け上がると、
誰かが走って立ち去った後で、
ミンジュだけがそこにいた。

 

そして、ミンジュは
僕の説得に耳を傾けることなく、
自ら身を投げた。

もう、悪い夢から覚めたいと。

 

彼女を死なせたのは
僕だと思った。

直接手を下さなかっただけで、
彼女が悩み苦しんでいるのを
分かっているのに、
それを見過ごしたのだ。
勇気がなくて。

 

死ぬ事以外楽になる方法がないと
思わせてしまったのは、僕だ。

だから、彼女を殺したと言ったのだ。

 

ミンジュのために僕ができることは、
もうそれだけだったから。

 

その事が、大切なおばあちゃんを
苦しめることになるのは分かっていた。

ごめんね、おばあちゃん。許して。

ミンジュは、
僕にとって唯一の人だったんだ。
だから、最後に彼女の望みを
叶えてあげたい。

それに、僕ももう、
いい子を演ずるのに疲れてしまったんだ。

 

大人しくて真面目で勉強熱心な僕は
ほんとの僕じゃない。
おばあちゃんを喜ばせるために
演じてたんだ。

ほんとはもっと怠け者で
狡いやつなんだ。
誰も信用してないし。

 

こうして僕は“殺人犯”となった。