旭陽の部屋

好きな物(韓国ドラマ、短歌、二次小説)、日々の出来事、想うことなどあれこれ。 gooブログ、ライブドアブログから引越た記事もあります。

ハッピーエンドが好き

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まだ、『八月のクリスマス』の痛み(?)から抜け出せない。

物語の続きを妄想してみた。

 

🍀🍀🍀

 

ショーウインドウ 微笑む吾が そこにいる

   笑みを浮かべて 飾ったのかな

 

あの後、彼女は写真店の前で店主が帰るのを待つのだろう。

 

スクーターの音がして、“帰ってきた!”と振り返ると、

それは彼ではなく彼の父親。

 

「寒い中待ってたのかい。お入り。」と

きっと、店の中に誘う。

 

「あの…、おじさんは?いないの?」

 

「ああ、…。

熱いお茶でも淹れるよ。コーヒーの方がいいかな?」

 

「ええ。コーヒーで。

おじいさんは、おじさんのお父さん?」

 

「ああ、そうだよ。

はい、熱いから気を付けて。

お嬢さんが来たら、渡そうと思ってた物があるんだ。

 

これ、うちで撮った写真と息子からお嬢さんへの手紙。

 

息子が入院している時、写真を受け取りに来たんじゃないかと

気にしてたんだ。

渡し損なったって。

写真とその手紙一緒にしてあったから、お嬢さんに渡すつもりだったんだろうと思って。」

 

「おじさんは、まだ入院しているの?」

 

「いや。」

 

「じゃ、お家で寝てるのね?

お見舞いに行ってもいい?

私、お休みを取ってきたから、今日は時間があるの。」

 

「店の裏が住まいになってるんだ。

こっちからお上がり。

線香を上げてやってくれるかな。」

 

線香?と思いながらおじいさんに誘われて部屋にあがると、

おじさんの写真が飾ってあった。

 

遺影?おじさんが、微笑んでいた。

 

「良く撮れているだろう?

自分で撮ったんだ。」

 

「いつ…死んじゃったの?おじさん。

ずっと、病気だったの?

私、何も知らなくて…。」

 

「10月にね。

長く患っていて、もう長くない事も分かっていたんだ。

でも、お嬢さんにはなにも話してなかったんだね。

お嬢さんには、自分は生きていて写真店で働いていると

そう思っていて欲しかったのかな。

息子は、そういうやつだったから。」

 

「おじいさん、私ね、おじさんのこと、好きだったの。」

 

🍀🍀🍀

 

店主の死を聞いて、おどろくだろうけれど、

嘆き悲しんで欲しくはない。

 

手紙の返事を読んで、自分が愛されている事を知り、

彼も愛を抱いたまま逝ったことを知るのだろう。

 

私は、ハッピーエンドが好きだ。

たとえ主人公が死んでしまうお話でも、

希望があれば救われる。

 

どうにも八方塞がりで、絶望のまま死ぬことだけしか道がなく、

主要人物がみな死んで行く、なんて物語は嫌い。

どんな感動的な美しい物語でも、2度と見ることはない。

 

『いつかの君に』は、絶望の物語かと思いきや、

最後の祈りが届いて、幸せな物語の続きを予感させる結末。

こういう結末が大好きなのです。

 

『八月のクリスマス』を見た。

1度しか見てないので、記憶違いもあることをご了承下さい🙇

 

静かな、静かな映画だった。

 

饒舌に感想を語るなど相応しくないのかもしれない。

名作なのかどうか、私には分からない。

ただ見終わって、日付が変わる頃まで転々として寝付けなかった。

 

ドラマチックな展開があるわけでも、

ドロドロの人間関係、血縁関係があるわけでもない。

派手なアクションシーンもなければ、

登場人物が感情を爆発させるようなこともほぼない。

 

韓国映画にも、こんな淡々とした物語があるのだと

驚いた。

 

30代の写真店の店主と周囲の人々の日常が描かれている。

そこに、たぶん20代前半の交通警察官が

急ぎの現像を依頼するために登場する。

 

彼女は店主をアジョシ(おじさん)と呼ぶ。

恋人はいないのかと問われて、

「男はみんな同じ」と答え、無関心なそぶり。

 

写真店が気に入ったのか、店主が気に入ったのか

彼女はそれから度々店を訪れ休憩したりする。

 

ひとつひとつのシーンは長くない。

台詞も少ない。

 

どうやら、店主の男性は病を患っているようで、

しかも、その病は簡単なものではなく、

死に至る病で、余命も長くはないらしいことが

次第に分かってくる。

 

店主が自ら病気について語る訳でもない。

医者と話す場面もない。

薬を飲むシーン、病院の待合室の様子、家族や友人との短いやり取りで

そうらしいという事が分かっていく。

 

写真の現像や配達などの仕事の合間に何やら作業している。

どうやら、自分が居なくなった後の父親のために、

ビデオテープの再生の仕方や

現像機の使い方を写真や文章でまとめていたのだ。

 

店主と交通警察官の女性は、次第に惹かれあうようになる。

しかし、愛を語り合うこともなく、ラブシーンがあるわけでもない。

 

雨の中、小さい傘ひとつで2人で帰ったり、

友人からタダ券をもらったからと遊園地で遊んだりする。

ジェットコースターに乗って、めまいがしてしまう。

やはり、身体がきついのだな、と分かる場面があった。

でも、彼女は気付かない。

 

遊園地デートの後、女性は写真店を訪れるが、

店の灯りは消えていて店主はいない。

何日経っても、店は閉じたまま。

 

思いあまって、彼女は手紙を書き、店のドアに挟んで帰る。

しかし、その手紙も挟まれたまま。

 

写真店の店主の男性は、病気が悪化して倒れ、

緊急入院していたのだ。

その間に、女性は転勤が決まっていたのだ。

 

彼女は諦めて手紙を回収しにいくが、

つかむことができず、店内に落ちてしまう。

 

結局、彼女は店主の病気も死んだことも知らないまま

物語は終わる。

 

店主の死も、自分で遺影を撮影して

その写真に黒いリボンがかけられて

そう分かる。

家族や友人が泣く場面さえない。

 

やがて冬になり、雪が降る。

彼女は休みを取ったのか、久しぶりに写真店を訪れる。

「外出中」の札が掛けられていて店は閉まっている。

ショーウインドウを見ると、彼女の写真が掲げられている。

それを見て微笑む彼女。

 

店主も、いつも微笑んでいる。

自分の命が短いことを嘆くこともない。

 

彼女の手紙に、出すことのない返事を書いた。

彼女を恋しいと思う気持ちを抱いたまま

逝ける事を感謝して。

 

転勤先の女性を見に行く場面がある。

茶店で、彼女が駐車違反の取締りに来るのを待つ。

やがて、同僚とミニパトカーで現れた彼女の姿を

ガラス越しに店内からじっと見詰める。

 

外に出ればすぐに話せるのに出て行かない。

会えば、病気のことも、死が近いことも話さなければならないから。

話せば、この恋は終わり思い出にするしかないから。

 

 

自分に残された時間が少ない事が分かっているのに、

あんなに穏やかに過ごせるものなのだろうか。

 

エンディングの曲もハン・ソッキュさんが歌っているそうだ。

とても良い声で綺麗で上手い。

 

 

 

八月のクリスマス



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韓国映画YouTube無料配信視聴の2本目は

八月のクリスマス

 

ドクターキムサブシリーズのハン・ソッキュさん主演の

言わずと知れた名作。

 

昔は、どこのレンタルビデオ店にいってもこの作品はあった。

ハン・ソッキュさんの作品は見た事がなかったが、

有名な俳優さんであることは知っていたし、

この作品が名作と言われていることも知っていた。

 

いつでも見られると、先延ばししているうちに、

ついつい見逃した。

韓国ドラマから離れている期間も結構あったし、

気が付けば、レンタルビデオ(DVD)の時代は終わって

ネット配信が主流になり、お店は次々閉店。

市内に一店舗だけになってしまった。

 

始めの10分位視聴。

とりあえず、ハン・ソッキュさんが若い。

20年以上前の作品だから、当たり前か…😁

そして、独特な柔らかな笑顔も変わらない。

今晩視聴の予定。

 

感想は、明日以降追記する。

西便制〜風の丘を越えて

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もう、見られないと思っていた作品。

偶然、YouTubeで無料公開されているのを見つけた。

 

初めてこの作品を見たのは、

おそらく2005年6月頃だったのではと思う。

民放かBSだったかはっきり覚えていないが、

日曜日の朝(だったと思う)韓国映画を放送していた。

 

2008年にビデオ店で探したがなかったという記事を書いている。

 

その後、宮城県立図書館にあるのを見つけ、

一度借りて見た記憶がある。

同じ年か翌2009年か。

 

15,6年ぶりにこれから見る。

感想を後日追記する予定。

 

2025.10.8 追記 

思いつくまま、だらだらと書き連ねる感想。

後で修正するかも。

 

昨夜、視聴。

パンソリの独特の調べが好きかどうかと言えば、

好きではないかもしれない。

けれど、日本の民謡のようになぜか心に残る。

 

重たい内容なのに、ふと見返したくなるのは

そのせいかもしれない。

 

恨(はん)という言葉を知ったのはこの映画だったように思う。

 

冬のソナタで韓国に興味を持つまでは、

朝鮮半島のことは、全く無知だった。

日本が朝鮮を併合していたことも、

朝鮮戦争も、通過危機があったことも知らなかった。

 

兄がサッカーをしていて、日本は韓国チームになかなか勝てない

そんなことぐらいで、

近くの国で、日本と同じ様に発展しているんだろうと勝手に思い込んでいた。

 

感想を書くにあたって、改めて恨(はん)の意味を調べてみた。

けれど、私が思っていた説明が見つからなかった。

何の本で読んだのか覚えていない。

 

恨とは、日本語の恨みと似ているようで違う。

恨みとか恨むというのは、対象がいる。

(〇〇を恨む など)

 

それに対して恨というのは、本来あるべき姿があるのに、

そうなっていないことを嘆く、その様な感情のことと読んだ記憶がある。

 

例えば、朝鮮半島は(中華思想から言えば)兄であるのに、

弟である日本に支配された。

だから、植民地支配されたことは民族の恨として積み重なる。

 

主人公ソンファの義父は、唄う芸人としての

芸を突き詰めることしか頭にない。

 

経済的な安定や社会的地位を確立することには全く関心がない。

だから、崩れそうなあばら屋に住み、

食うや食わずの生活を送りながら、

ソンファと弟に唄と太鼓を教え込むことに専心する。

 

ソンファの弟は、そんな生活に嫌気がさして逃げ出してしまう。

そもそも、ソンファも弟も父親と血の繫がらない義理の親子だ。

 

両親を亡くしたソンファを引き取ったのも唄を仕込むためだったし、

自分の芸を向上させるためだったのかもしれない。

 

親を亡くし、義父と貧しい放浪の修行生活をしていても、

ソンファの唄には恨が足りないと

義父は薬を使ってソンファの視力を奪ってしまう。

その事を知っても、ソンファは義父を憎むこともしない。

 

何故なんだろう?

ただ、唄うことが好きだから、

唄を教えてくれた義父を憎めないんだろうか。

ソンファの感情は不可解だ。

 

この場面↓がヒントでは、と思う。

 

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3人は、次の街への旅の間に唄を唄い舞う。

いつもは不満げな表情ばかり浮かべている弟さえ、

楽しげに太鼓を叩いている。

 

ソンファの願い、家族のあるべき姿はこれだったのではないだろうか?

貧しくとも3人で唄を唄い、修行に励み、人に歓ばれる生活。

 

だから、弟をずっと待っていた。

弟と再会し、一晩唄い明かして“恨は解けた”と。

弟の太鼓は義父の太鼓と同じだった、と言っているから、

きっとあの時のように3人で唄ったように感じたのではないか。

 

唄への情熱が衰え、男に守られる楽な生活を送っていたソンファ。

(そんなに楽とも思えないが。)

恨が解けて、また唄の修行への意欲が戻り、

放浪生活へと旅立つ。

 

食うや食わずの生活の中でないと、西便のパンソリは唱えないのだろうか。

目の見えないソンファを導くのは、幼い女の子。

あの子も、親を亡くしてソンファに引き取られたのだろうか?

2人で、修行の放浪生活を続けるのか?

 

続くかもしれない

 

『いつかの君に』再び

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このところ、アン・ヒョソプさん返りしてます。

『ホン・チョンギ』を久しぶりに見ました。

いや〜美しい💕

何で、前に見た時“いまいち”と思ったんだろう?謎

(だから、一度見たきりで見返してなかった。)

 

そこから、『社内お見合い』→『いつかの君に』

 

あ〜、やっぱり『いつかの君に』がいい。

ナム・シホンが好き💕

 

ところで、YouTubeでアン・ヒョソプさんの歌う動画がオススメに。

アイドルの練習生だっただけあって、歌も上手い。

『いつかの君に』の挿入歌も歌ってました。↑

 

ソ・ジウォンさん声が高い方なので、かなり高音域まである歌なのに

綺麗に裏声出てて凄い👏👏👏

 

『ホン・チョンギ』2週目ですが、次はも一度『いつかの君に』かな?

『アビス』はなんとなく手が出ない。

一話は見たんだけど。

 

『浪漫ドクターキムサブ3』名言集


- YouTube

 

第1話

パク院長:人生何があるか分からず、

意思あるところに道は開けるものだ。

 

キム・サブ:(上官に報告を渋る海上警察官に)死人を出したくないなら、早く報告を!

 

(脱北者を上陸させられないという艦長に)

手術のタイミングを逃せば、有能でも患者を救えません。

 

本分を全うすべきです!

 

艦長も私も

人命を守るために日夜働いているのでは?

ならば、人命を優先させるべきでしょう。

“政治的状況”は政治屋に任せればいい。

 

ソ・ウジン:(これからは、自分の判断でやれば良いと言うキム・サブに)

私は、まだまだです。

先生がいてくださってこそ、手術であれ何であれ成功して、自信がつくような気がするんです。

 

第2話

(竣工検査を受けてない外傷センターを、院長に無断で使用しているのかと問われ)

キム・サブ:検査を受けるのは建物で、

医者は患者を受け入れるだけだ。

 

(緊急手術に入れと指示されたのに勝手に退勤した後輩専攻医に)

ソ・ウジン:プライベートも確かに大事だ。

だが、医師ならばやるべき事はやれ。

お前が怠けたら、被害を受けるのは患者だ。

 

(今日の夜中に北に送還するのになぜ手術するのかとパク院長に問われて)

キム・サブ:だからこそ手術するんだ。

政治的な立場とか経済効果や40兆なんてどうでもいい。俺が口出す事じゃない。

だが、患者が生きられるようにするのが

医者の仕事だろ!

命を救うのが医者の仕事であり責務だ。

世間に流されず、俺たちは目の前の患者に集中しよう。パク院長、OK?

 

(ソ・ウジンに、脱北者を送還せず守る方法があったのでは?と問われて)

キム・サブ:俺たちにできることは全てやった。当為と現実のはざまでどうするのが正解か分からず、均衡を取るのが難しいこともある。

でも俺たちは医者として最善を尽くせばいいんだ。OK?

 

第3話

(外傷センター長にキム・サブが就かず、

外部からキム・サブのライバルとも言える人物を据えることについて)

我々は外傷センター設立を目指して頑張ってきた。皆さんの努力と献身がなければここまで来られなかった。

しかし、努力と献身というものは、目標を達成したら手放すべきだ。

それに見返りや取り分を求め始めると、あっという間に泥沼の闘いになってしまう。

【いつかの君に】色んな感想があるんですね~


- YouTube

 

この動画を見て、

「そうか~、おもろない、ダメって言う人もいるんだ~」とちょっと驚いた。

確かに、好みってありますもんね。

 

このドラマで混乱するところは、

“タイムスリップしたのは何なのか?”

という事なんだと思うんです。

「ク・ヨンジュンの魂はどこ行った?」とか

「ナム・シホンの魂はふたつに割れたのか?」とかね。

 

仏法では“空”と言う考え方があります。

“無”に似てるけど、違う。“無”は、文字通り

“無い”訳ですが、“空”はあるんだけど冥伏している(隠れて見えない)。

 

そして、生死不二と言う考え方もあって、

“死”というのは何もかも無くなるのではなくて、命が宇宙生命に溶け込んで(冥伏して)

いわば眠っているような状態と考えます。

 

ク・ヨンジュンは自動車事故で死んで“命”は宇宙に帰って行った。そして、空いた肉体にナム・シホンの意識が入ったのだと私は思います。

ナム・シホンの身体は、この間(シホンの意識が入ったク・ヨンジュンが飛行機事故で死ぬまで)意識不明だったのでしょう。

 

タイムスリップしたのが“意識”なのか“魂”なのかと考えると混乱するんですが、“命”と考えれば、私は納得できました。

宇宙も大きな命、地球も身体の中の細胞も命ですから。

 

それと、前の記事にも書きましたが、ポイントは「会いたい」という強い想い。

それが、意識のタイムスリップ、他の肉体に入るという不思議が起きる理由。

だから、『いつかの君に』会いたい、もしくは

『いつかの君に』会いに行く、ということなのかな。

 

私は、前に記事にアップした通り、

この作品が大好き💖

『いつかの君に』で

アン・ヒョソプさんのファンにもなりましたしね。

 

韓国ドラマあるあるのツッコミ所は満載なんですけど、タイムトラベル物は大好物だし、

過去と現在の演じ分けが皆さん素晴らしかった。

ドラマを見終わった後、↓の動画を見たんですが、もう、「うんうん、そうなのよ~」と

うなずきまくりでしたから。

 


- YouTube

 

ドラマは、たぶん10回は見たんじゃないかと思います。

挙げ句の果てに、二次小説まで書き始める始末

(途中で放棄してますけど(^^ゞ)。

 

今は、『浪漫ドクターキムサブ3』を見るためにディズニー+に1か月だけ加入したので

(金欠だからね)毎日キムサブ三昧です。

 

キムサブ3にもアン・ヒョソプさん出てますし、『いつかの君に』の後に『社内お見合い』も見ましたけど、やっぱり『いつかの君に』の“ナム・シホン”が好きだな~。

 

高校生時代の笑顔はもちろん凄く素敵だしかわいいですが、でも、怪我をしてボロボロにくたびれてる40代のシホンが一番好きだったりするんですけど。