優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

名前を覚えていてね

その子は、たぶん小学五年生位の女の子だった。

 

インギュ食堂の前で時々見かける可愛い子。

明るくて、ハキハキと話す元気の良い女の子だ。

 

よく、インギュ食堂の店先で売っている餅を、おばあちゃんにねだっているのだが、

おばあちゃんも度重なると

「もうすぐ晩御飯だから。」と

我慢させられてしまう。

 

萎れているその子を見ると、何度か

(おばあちゃんには内緒だよ。)と人差し指を口に当てて「しっ!」と言いながら

餅を買ってあげた。

 

ニッコリ笑う笑顔が可愛かった。

 

ある日、学校帰り気分がモヤモヤしてた時、

駄菓子屋の店先のゲームコーナーで気晴らしにゲームをしていた。

 

隣で遊んでいた子たちが帰り、次に待ってた女の子たちを押しやって、中学生の男子ふたりが横入りしてきた。

 

ひとりの女の子は、年上の男の子に文句を言えないのか「いいよ。帰ろう。」と一緒に待ってた友だちに言う。

 

でも、もうひとりの子は

「私たちが先に並んでたんだよ。

順番は、守らなきゃダメだよ。」

とハッキリと反論した。

 

中学生男子に「うるせえな。帰れよ。」

と言われ、

ひとりの子が袖を引いて帰ろうとすると、

「帰らない。私、間違ったこと言ってないよ。」

と。

 

おぉ、小学生の女の子がやるなぁ、

あれ、聞いたことある声。あの子か?

とチラッと見ると、やはりそうだ。

 

しょうがないな、と思い

「その子の言ってる事が正しい。

お前らが帰れ。」と言ってやると、

泡くって、中学生たちは席を立った。

 

その子はニッコリ笑って

「お兄ちゃんありがとう」と。

 

「勝負するか?」というと「うん!」という。

 

やってみると、なるほど、強い。

かわいい顔して、

なかなか、気の強い女の子のようだ。

本気でやって、負けてしまった。

 

「楽しかったよ。またな。」

と席を立って行こうとすると、

 

「お兄ちゃんありがとう。

私の名前は、ハン・ジュニ。

今度会うまで覚えていてね!」という。

 

「おう!」と手を振って別れた。

ハン・ジュニ。ジュニ?

 

どこかで、聞いた名だな?

誰だっけ?まぁ、いいや。

 

その時は、

“約束”の“唯一の人”の名前であることに

気づきもしなかった。

 

 🍀🍀🍀

 

私の初恋の人は、

たぶん、あのお兄さん。

 

おばあちゃんの家に住んでいた頃

その街に住んでいた高校生。

 

とってもカッコよくて、

優しいんだけど、

それをひけらかすようにではなくて、

いつだってさりげない。

 

お餅を買ってくれた時も、

横入りしてズルしようとした

中学生を追い払ってくれた時も。

 

私を見つけると、

いつもニッコリ笑ってくれる。

 

私はお兄さんに会いたくて、配達をしている食堂やよく行くレコード店の辺りを遠回りでも通ったりしていた。

 

食堂の前で会うと、何度かお餅を買ってくれた。

 

駄菓子屋さんの横にあるゲーム機で一緒に闘った事もある。

お兄さんは、手加減しないで本気でやってくれたから、凄く楽しかった。

 

その時、「名前を覚えていてね!」って

言ったんだけど、覚えてくれたのかな?

 

そのお兄さんは、いつの頃か姿が見えなくなった。食堂に行っても、レコード店の前を通っても姿が見えない。

 

ある日、食堂のおばあちゃんに聞いてみた。

「おばあちゃん。配達をしていたお兄さんは?最近いないね。」

 

「あぁ、シホンかい?

ご家族で、引っ越ししたよ。アメリカにね。

しばらくは、帰らないんじゃないかね。」

 

私も、中学生になった時に、両親のいる

ソウルに戻った。

 

もう、会うこともないのかな。

カッコ良くて、優しいお兄さんだった事は覚えているけど、顔も忘れてしまった。

 

お兄さんも、私のことは忘れてしまったのかな。

もし、絵が上手だったら、お兄さんのハンサムな顔やカッコイイ姿を絵に描いておけたのに。

 

月日が経つに連れて、お兄さんのことを思い出すことも少なくなり、普段はすっかり忘れてしまっている。

 

でも、あのレコード店でよく流れていた曲をたまに耳にすると、ふとあの頃の事を思い出し、切ない気持ちになる。

 

私の名前は、ハン・ジュニ。

あなたのことが、大好きでした。

覚えてくれていますか?

 

 🍀🍀🍀

 

遠き日に 縁結んだ その人が

 唯一の人とも 気づかず別れ

 

会う日まで 覚えていてと 告げた名は

いつか何処かで 聞いた気がして

 

初恋の 淡い思い出 顔さえも

忘れたけれど 忘れられない

 

幼子に 優しい人を 見るたびに

憧れの人を 思い出す吾