優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

シホンとジュニ ①

「母さん、
俺大学卒業したら、
やっぱり韓国に戻る。
向こうで就職するよ。」

 

「せっかくアメリカの大学に入って、
成績も良いんだから、
こっちで就職できるのに、
勿体ないんじゃない?」

 

「こっちで友だちもできたけど、
やっぱり韓国の方が良い。
母さんたちだって俺がいた方が、
帰国したい時便利だろ?」

 

「そりゃそうだけど。
経済が安定してないから心配だわ。」

 

「向こうで上手くいかなかったら
アメリカに戻って来ればいいし。
父さんと母さんがいるんだから。

それに、インギュ、覚えてるだろ?」

 

「高校まで仲の良かった
成績の良い子でしょ?」

 

「そう、いつも学年トップだったやつ。

大学卒業したら、
同級生と結婚することになったんだって。
式は、就職して落ちついてから

するらしいけど、お祝いに行かなきゃ。」

 

「そうなの。良かったわね。
相手の同級生ってどんな子なの?」

 

「こっちに来る前、
2年生の時、3人で仲良くてさ、
インギュは結構前から

好きだったらしいんだけど、

あいつ内気で見てるだけだから
俺が間を取り持って、
その内3人で仲良くなったわけ。

俺がこっちに来てから
付き合いだしたらしい。

インギュはソウルの大学に入ったから、
4年間遠距離恋愛だったんだ。

インギュの粘り勝ちだな、きっと。」

 

「シホンにはそういう人いないの?」

 

「そうだね~。
ガールフレンドはたくさんいるけど、
恋人にはまだ巡り会ってないかな。」

 

「あなた、モテないの?」

 

「いや、そうでもないよ。

何度も告白されてはいる。

ただ、付き合いたいと思う人には
出会ってないだけ。」

 

そんな訳で、
俺は大学を卒業すると
韓国の大手出版社を受けて採用された。

 

3年勤めてある程度の実績も上げた。

会社でも評価されて、
そのままエリートコースに乗ることも
できたのだろう。

 

でも、大手だけに
自分のやりたい仕事が
できるわけじゃなかった。

 

俺は漫画が好きだったから
コミックを担当したかった。

作家さんと膝をつき合わせて
一緒に本を作り上げる、
そういう仕事がしたかった。

 

しかし、配属されたのは文芸部門で、
しかも割合早い時期に
編集者から管理職になってしまった。

そのままいると、
益々現場から遠い

経営に回されそうだった。

 

本が作りたくて出版社に入ったのに…。

 

俺は、思い切って4年目の途中で退職し、
自分で小さい会社を立ち上げた。

 

俺を含めて5人の社員の
小さなウェブ漫画の会社だ。

 

ウェブ漫画の世界は変化が早い。
立ち上げたばかりの新しい会社だし、
軌道に乗せるまでが大変だ。

 

会社に泊まり込みで
徹夜することも多いし、
楽とは言えない。

それでも、
自分が作っているという
手応えが感じられるし、
読者の反応も

ダイレクトに受け取れるから
やりがいも大きい。
充実した毎日だ。

 

寒さが増して冬らしくなってきたある日。

その前日も徹夜で泊まり込んでいた。

 

朝、社員がやって来る前に
シャワーを浴びた。

髪をふきふき事務所に行くと、
社員たちがやって来た。

 

「代表、また徹夜ですか?」

 

「うん、送られてきた作品を見てたら徹夜になった。

特徴的なのをピックアップしたから、
見てみて。」と社員に渡した。

 

「あぁ、これですか。
確かに特徴ありますけど、
極端すぎませんか?」

 

「新しい会社だからこそ、
冒険出来ると思うんだ。
大手が取りこぼしてる
そういう作品を拾い上げてこそ
対抗できるだろ?」

 

「なるほど…。
分かりました。検討します。」

 

そして、その日も忙しい一日が終わって、
社員は皆帰っていった。

 

昨日も徹夜だったから、
さすがに少し疲れた。
今日は、これくらいにしようと、
電気を消し事務所を出た。

 

外は、雪だった。

 

バスに乗り、
後方の座席に座る。

バスは、発車したと思ったら
また直ぐに止まった。

 

誰かが駆け込み乗車して来るらしい。
乗ってきたのは若い女性だった。
髪の長い、大学生だろうか?

 

バスの車内では、

ラジオ番組が懐かしい曲を流がしていた。

高校生の頃、

同級生のミンジュの叔父が営む

レコード店でよく流れていた曲だ。

 

ミンジュも好きだった曲だな、

と考えていると、先ほどの女性が

歌を口ずさんでいる。

 

後ろ姿が、ミンジュに似ている気がした。

いや、ミンジュというより

もっと似た人がいたような気がしたが、

名前が思い出せない。

 

何かがこみ上げてきて、

その女性から目が離せなくなってしまった。

 

視線を感じたのか、

ふとその女性が振り向いた。

目が合うと思わず

「クォン・ミンジュ?」と尋ねた。

 

「いいえ、違いますが。」

 

「失礼。友人に似ていらしたので。」

 

「そうでしたか。」

そう言うとその人は前を向いて、

次のバス停でその人は降りてしまった。

俺は、思わず腰を上げて目で追った。

 

「スミマセン。私も降ります!」

バスを降り彼女を追いかけた。

 

そして、横断歩道を渡る彼女に声をかけた。

「あの…」


彼女は、止まって振り向いた。

 


俺はゆっくり近づいて、言った。

「急に呼び止めたりしてスミマセン。
もし良ければ、
どこかで少しお話しできませんか?」

 

「えっと…」

 

「あぁ、ごめんなさい。
会ったばかりで声をかけたりして。
怪しすぎますよね。
スミマセンでした。」


「いえ、そうではなくて、
どこかでお目にかかったような
気がするんですが…
違いましたか?

あの…少しなら時間ありますけど。」

 

「でも、お急ぎだったんですよね。」

 

「あぁ、さっきは、寒かったから。
次のバスだと結構待たないといけないから…
だから、急いでいたわけじゃないんです。」

 

「この先に、少し歩きますが
知り合いがやってるカフェがあるんですが、いかがですか?

寒いから近い方がいいですか?」

 

「いえ、歩けば大丈夫なので、
お話ししながら歩きましょう。」

 

「10分位で着きますから。

さっき、歌を口ずさんでいましたよね。
古い曲なのによくご存知で。」

 

「小学生の頃、祖母の家に住んでいたことがあって、その時よく聞いていたので。

さっき、私に似てるとおっしゃっていたのは…」

 

「高校時代のクラスメートです。

僕の親友が彼女のことが好きで、
でも内気なやつなもんで、
僕が間を取り持って
3人でよく遊んだりしたんです。

 

大学卒業して、
ふたりは結婚しました。

しばらく会ってないな。

そうだ、まだ自己紹介もしてませんでしたね。こういう者です。」
と名刺を差し出した。

 

「ナム・シホンさん。
お若いのに代表をしておられるんですね。

私は、ハン・ジュニと言います。
ソンドン大学の経営学部の2年生です。」

 

「やっぱり大学生でしたか。

友人にしては若すぎると思いながらも
似てらしたので。

私は、代表といっても
立ち上げたばかりの小さな会社です。」

 

「 何の会社なんですか?」

 

「ウェブ漫画の会社です。

漫画が好きなので、
大手出版社に入ったんですけど、
好きな漫画の部門ではなかったし、
本を作る現場、編集者でいたかったのに、
経営に回されることになって、
辞めました。
エリートコースなのにもったいないと、
母には叱られましたが。


あ、この店です。入りましょうか。
マスターいますか?」

 

「やぁ、シホン久しぶり。

そちらは…?ミンジュ?」

 

「違いますよ。ハン・ジュニさん
ソンドン大学の学生さん。」

 

「こんにちは。マスター。

あの…失礼ですが、
ひょっとしてノクサンで
レコード店をやっていた方ですか?」

 

「そうだけど…」

 

「おばあさんの家って

ノクサンだったの?」

 

「そうです。
レコード店の前を通ると、
さっきの曲がよく流れてました。

私、憧れていたお兄さんがいて、
その人がよくそのレコード店に行っていて、
あと、食堂の配達もしていて、
そのお兄さんに会いたくて
レコード店の辺りとか
食堂に行ってたんです。」

 

「ちょっと待って、
その食堂ってインギュ食堂?
店の前で餅とかも売っていて、
そのお兄さんに
お餅を買ってもらったことがある?」

 

「ええ。優しくて
祖母が買ってくれない時、
買ってくれたことがあります。」

 

「別の店の前に置いてあるゲーム機で、
そのお兄さんと一緒に遊んだことはある?」

 

「あります。

中学生が横入りしたら叱ってくれて、
勝負したら私が勝ったんですよ。

顔は覚えてないけど
カッコ良くて優しいお兄さんでした。
ハン・ジュニという名前を覚えてねって
言ったんだけど…」

 

「ハン・ジュニ!
思い出した!
あの、可愛かった女の子が君か!

僕だよ。
お餅を買ってあげたのも、
一緒にゲームをしたのも。」

 

「はいはい、
お客様いつまで立ち話してないで、
座ってご注文して下さい。」

 

「スミマセン、マスター。

僕は、アメリカンのホットで。
ジュニさんは?」

 

「私は、ホットココアで。」

 

「畏まりました。お待ち下さい。」

 

「驚いたな。
すっかり大人になって
綺麗になったから分からなかったよ。」

 

「私も、どこかでお会いしたことがある気がしたんですけど、
まさかあのお兄さんとは思いませんでした。」

 

「僕たち縁があるんだね。

マスターは、
クォン・ミンジュの叔父さんなんだよ。
だから、さっき君のこと
ミンジュ?といってたろう?」

 

「ほんとに似てるんですね。」

 

「顔はね。
でも、性格は正反対かな。」

 

「どういうことですか?」

 

「ミンジュはね、
内気で大人しくて、
順番待ちで横入りされても
注意なんか絶対できない人。
まして、年上の中学生になんか
声も出せない様な子だった。」

 

「それって、
私が生意気と言うことですか?」

 

「違うよ。
僕は、ジュニさんのように
相手が年上でもハッキリ物が言える人が
好きだってこと。

ミンジュとは友人だけど、
異性として意識したことはないんだ。」

 

「ほんとに?」

 

「本当です。」

 

「良かった。」

 

「でも、彼氏には謝っておいてよ。

僕のせいで、

気まずくなったら申し訳ない。」

 

「彼氏なんて、いませんよ。

ちょっと前までいたんですけど、
別れました。

 

シホンさんみたいに優しい先輩だったんで、優しかったお兄さんを思い出して付き合ったんですけど、二股かけられてたんです。

相手の女性とふたりで居るところに呼び出されて言い訳されたんですけど、
頭にきて女の目の前で
ひっぱたいてやりました。」


「そっか。

そしたら、ジュニさんは、
フリーなんだね。
僕と付き合わない?」

 

「ごめんなさい。

当分彼氏はいいかな、
と思ってます。

自分の見る目がなかった事にもがっかりしたし、奨学金のためにも勉強に打ち込まないといけないんで。」

 

「そうか、
あっさり振られちゃったなぁ。」

 

「そんな、振ったなんて…

今日お話しできたのは、凄く嬉しいです。

シホンさんは、
今もカッコ良くて素敵ですし、
私では物足りないんじゃないかと思います。

周りには、大人で素敵な女性がたくさんいらっしゃるでしょう?
シホンさん、モテそうですもの。」

 

「うん、素敵な人はたくさんいるし、
正直モテないわけでもないよ。
告白されたりしたことも何度もある。

 

でも、僕には約束して人がいて、
その人が唯一の人だと思ってる。

だから、いくら素敵な人でも
友だちにはなってもそれ以上にはならない。
約束した人は、ひとりだけだから。」


「私が、その約束した人なんですか?」


「僕は、そう思ってる。
だから、交際を申し込んだ。
でも、僕も忙しいことは確かだし、
君も学生だから勉強が優先だからね。
付き合ったとしても
お互い時間がないから、
焦らないよ。

いつまでも待ってるから。

 

それと、困ったことや相談したいこと、
助けて欲しい時は、
遠慮なく連絡して。

ただ、話し相手が必要な時でもいい。

僕に直接でも良いし、
ここのマスターに連絡を頼んでもでもいいから。


さっき渡した名刺を出してくれる?
裏にプライベートの連絡先を書くから。


この番号は、ここのマスター含めて
ほんとに親しい数人にしか
教えてない番号だから、
必ず通じるはずだ。」


「ありがとうございます。
私も連絡先をお教えするべきですよね。」


「いや、今日はいい。

連絡先を聞いたら、
僕を受け入れてくれたと思って
毎日lineするよ。

だから、受け入れてもいいと思ったら
教えて。
それまで待つから。」


「紳士なんですね。シホンさん。」


「そりゃ、年上だから、だいぶ。
紳士的に振る舞わないとね。

じゃ、そろそろ出ようか。
家の近くまで送っていくよ。」


「はい、ありがとうございます。」


「マスター、ごちそうさま。
また来ます。」


「ジュニさんも、また来て下さいね。」


「あの、シホンさん。
勉強のアドバイスが欲しい時に
連絡をしてもいいですか?
付き合わないって言いながら
図々しいですよね。」

 

「いや、全然構わないけど、
現役を離れて久しいし、
アメリカの大学を出てるから、
役に立てるか分からないよ。

それでも良ければ。」


「ありがとうございます。

実は去年、実家の店の経営が苦しくなって、両親もお金のことでケンカばかりで、
そんな時父が倒れたんです。

それで、母は自分を責めるし、
大学を辞めて働こうかと
随分悩んだんです。

もし、そんなようなことがあったら、
相談に乗ってください。」


「そうだったんだ。
ジュニさんも苦労してるんだね。
お父さんは、お元気になったの?」


「ええ。もうピンピンして、
母とケンカしながら

仲良く店をやっています。」

 

「それなら、良かった。

僕もね、実家の店が、
IMF危機でダメになってね、
それで高校2年生が終わった時、
アメリカに移住したんだ。

家の経済が安定してないと不安なのは、
分かるよ。」

 

「シホンさん、ここでいいです。

アパートはすぐそこなんで。
ありがとうございました。
お仕事頑張って下さい。」


「じゃ、また会えると嬉しいな。
お休み。」

 

シホンは振り返らずに帰って行く。

彼氏と別れてから
モヤモヤしていたジュニの心は、
晴れやかになった。