優緋の部屋

日々の出来事、想うこと、信心について、二次小説、短歌などあれこれ

9話のクリスマスの場面の意味

この記事は、2023.10.1に別ブログに書いた記事を転載しました。(一部加筆訂正)

 

 🍀🍀🍀

9話を見ていて気付いた。

 


インギュのおばあちゃんが亡くなって、

シホンとふたりで見送った後、

「今日は飲み明かして、明日再出発する。

ここを引き払ってソウルに行く。

おばあちゃんのためにも

頑張って生きなきゃ。」

とインギュは言う。

 


その言葉を聞いて、シホンは安心したのだろう。

インギュより先に酔い潰れて寝てしまう。

 


しかし、それはきっとシホンを安心させるための嘘だったのだ。

シホンを布団に寝かせると、おばあちゃんの遺影にサヨナラをするように触れて部屋を出て行く。

 


ドアを開けると、場面が切り替わり

シホンとミンジュ(ジュニ)がクリスマスツリーの飾り付けをしている所に行くインギュ。場所はたぶん、レコード店

 


この場面、インギュが高校生時代を思い出していると思っていたのだが、良く考えると、

ミンジュは1998年10月13日に死んでいるから、

クリスマスを3人で過ごしたことはないはずなのだ。

 

シホンの夢の描写なのか?

 


それとも、あの場面が何かを意味しているのだろうか?

 


ドアを開けると、その向こうには天国のような幸せな場所がある。

大好きなミンジュと親友のシホンがいて、

幼馴染みのように楽しく過ごせる。

僕も、ミンジュのように楽になろう。

 


そういう心象表現なんだろうか?

 


ソウルに従兄弟が居ると言ったのも、

あるいは嘘だったのだろうか?

 


どちらにしても、おばあちゃんが亡くなって、インギュは生きる希望を失ってしまった。

 


酒を酌み交わしながら、昔話をするインギュ。

子どもの頃、シホンの家で遊んでいる時、

シホンの父の大事なお酒を割ってしまい、

それをシホンのせいにしてしまってシホンだけが酷く叱られた。

その時に、何があってもシホンの側を離れない(=友だちでいる)と誓ったと話す。

 


しかし、その後その言葉と裏腹の行動をとるインギュ。

 


結局、インギュはシホンを親友と言いながらも、心を開いていなかったのか?

 


なぜミンジュが気になって好きになったのか?たぶんインギュはシホンに話してない。

 


ミンジュは、ありのままの自分を受け入れてもらえない疎外感を持っていて、

自分の存在価値が感じられない、生まれてきた意味が分からないと悩んでいる。

 

その事を、屋上で独り空に向かって呟く

ミンジュの唇の動きで読み取り、自分と同じだ、その疎外感が分かると感じたから、同情ではなく同苦できるし、はにかむ笑顔や子猫を可愛がる優しさが好きなんだということ。

 


その事を話せば、シホンにほんとうは心を開いてないことを言う事になってしまう。

 


インギュは、ミンジュにこう言うべきだったと思う。

 

皆が忘れてしまったとしても、

誰も君の存在価値をわからなくても、

僕にとって君は誰よりも大切な人だし、

君がいるから僕も笑えるし頑張れる。

誰も君を見なくても、僕はずっと君を見てきたし、これからも見ていたい。

君は、誰かありのままの私を受け入れてと叫んでいたけれど、僕はずっと前からそのままの君が好きだったよ。受け入れてたよ。僕独りじゃダメなの?シホンじゃないとだめなのか?って。

 


でも、インギュは、そう言えなかった。

最後に(自殺を)引き止めるために言ったけど。

 


インギュもシホンがいるのに、自殺した。

たったひとりで良い、自分の事を分かってくれる人がいれば。そう、思えなかったから。ミンジュと同じように。

 


かく言う私自身も、何でも話せる友だちや家族がいるか?と考えると、いないかもしれない。

ある程度の事は話せても、ほんとうの心の奥底までは話すことは出来ない。

 


それでも、たとえ病気で動けなくて家族に負担をかけるばかりだったとしても、自分に存在価値がないとは思わない。

 


このドラマは、人と人とが心を交わすことの難しさを考えさせられるドラマでもあると同時に、生きるには、希望と生まれてきたことに意味がある(=どんな人にも使命がある)と

信じることができる事が必要なんだと改めて思った。

 

 

ミンジュもインギュも、自分が苦しいのは、周りの人が自分を分かってくれないとか、

環境(親がいない、片親で水商売をしてる)が良くないとか、性格が暗いとか周りのせいにしている。

 


私も、若い頃は似たような考えをしていたかもしれない。しかし、周りのせいにしたり環境のせいにしたりしていたら、いつまで経っても幸せを感じることは出来ないのではないか?

 


シホンだって、明るくて誰とでも仲良くなれて幸せそうだけど、実は淋しい人なんじゃないだろうか?

何故なら、あんなに何でもできるのに、

子どもの頃夢がなかったというのだから。

心の何処かで、ほんとうの友人を求めていたように思う。

 


インギュは、補聴器を使っている事を引け目に感じている。自分の弱点だと思っている。

でも、そういう痛みを知ってるからこそ、

ミンジュの心の痛み、疎外感を理解できるし、同苦することができるのだと、そのために、ミンジュを分かるために自分の耳は聞こえにくいのだと考えることができたなら、

それはもう弱点ではなくて、意味があることになる。

 


たとえ苦しいことでも、大変なことでも、

それは自分が書いたシナリオで、

起きていること全てに意味があり、

自分に必要なことだと思えたならば、

苦しいことは苦しいけれど、痛いものは痛くても、必ず乗り越えられると信じられるから、希望を失うことはない。

私は、そう思っている。